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「小説を書いたんだ」
二人きりの教室に僕の声が響く。思ったより声は小さい。
「へぇ、君が書いたの?すごいね。なんてタイトル?」
「タイトルはまだない」
「何それ?夏目漱石?」
ふふっと笑った彼女の髪が揺れた。
「いや、まだ完成していないんだ」
「いつ完成予定?」
「わからない。一生終わらないかも」
「一生をかけて綴られる物語……なんか素敵!」
そんなにいいもんじゃないけどね、と思った。
「僕には長編を書く才能がないんだ」
「短編でもすごいと思うけどな」
「いや、短編とすら呼べない程短いんだ。場面毎のちょっとしたストーリーは思い浮かぶのだけど、それを繋げて一つの物語にする事が出来ないんだ」
彼女に伝わるか不安で、少しだけ早口になってしまった。
「なるほどね……。君、小説家になりたいの?」
想定していなかった質問が飛んできて、動揺してペンを落とした。
「なれるわけないだろ」
「可能か不可能か、じゃなくて、意思の話だよ」
「……そんなになりたいわけじゃない」
「そんなにって事は、少しはなりたいんだ」
否定できなかった。
「私にはよくわからないけどさ、ひたすら書くしかないんじゃない?」
「簡単に言うなよ」
「言うよ」
一瞬、沈黙の時間が流れる。
「簡単に、はっきり、言うよ。そうしないと君は何かと理由をつけて逃げる」

6/25/2024, 11:41:08 PM