白井墓守

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『冬晴れ』

冬晴れした空が、そこにはあった。
僕は歯を食い縛って、血眼で睨み付けた。

雪の宝石、というものがあるそうだ。
僕は知らない。
全ては妹に聞いたものだ。

僕の親愛なる病弱な妹は、昔からたいそうな読書家で病室のベットに本の城を築いてそこに住んでいた。
僕は“本の姫”と呼んで、あの子を目に入れても痛くないほど、可愛がっていた。
あの子も「からかわないでくださる? お兄さま!」とほっぺたをぷくぷくと膨らませながらも、二人で数秒見つめ合って、吹き出して笑いあったりした。

今はもう、ない。
妹は、末期だ。本の城はそのままに。集中治療室、という場所に連れていかれてしまった。ガラスを通して、まるで博物館から貼り付けにされた蝶の標本を観るような日々だった。
何も出来ない自分が悔しくて、血が出るほど拳を固く握りしめ続けた。

一瞬だけ、妹が意識を取り戻し、僕に言ったのだ。
「お兄さま、わたし、雪の宝石が、みてみたいの」
「わかった。かならず、かならず僕が見つけてくるから!!」
力無さげに笑った姿が脳裏に焼き付いて離れない。

雪の宝石とは、妹のお気に入りの絵本に出てくるヤツだ。
冬の“雪”の日にのみ、それは現れる。
キラキラと輝く、子供にしか見えず、子供にしか触れないという、都市伝説じみたモノ。
僕と妹はその話が大好きで、何度も何度も読み返した。

医者から宣告された妹の余命は、三日。
……そして、今日がその三日だったのだ。

――僕は、無力だ。

「ぼくに、空を変える力があればいいのに」
「空を変える力なんてあっても、人生の得にならないと思うけど?」

隣から唐突に声がした。
僕は驚きながら、そちらを見る。
黒い尖り帽子に中学生のお姉ちゃんが着るみたいな、セーラー服を身にまとった女の人が、そこにはいた。

「お、おねえちゃん……だれ?」
「お姉ちゃんはね、魔女見習いなのさ」
「魔女見習い?」
「そう! でもね、最近アタシ、魔女辞めちゃおっかなぁって思ってるの。だってね! 魔女になったら、異性にモテモテ! とか、某RPGみたいに火の玉とか撃てる! って思うじゃない? あとは、寝坊したときに瞬間移動のエスケープとか……でもそれが出来るのは偉大なる魔女のみで、魔女見習いには出来ないんだって。出来るのは、本当に簡単な些細なことのみ、もう……あんなに修行頑張ったのに、イヤになっちゃう!」

な、なんだか、たくさんの愚痴を言われた気がする……。
よく分からないけど、可哀想。

「お姉ちゃんも大変なんだね、大丈夫?」
「……うん、ありがとう。ちょっと落ち着いた。ごめんね、いきなり。そうだ! お礼になんか魔法使ったげるよ! 本当はダメなんだけど、恩人だし特別! って言っても、さっき言った通り、本当に些細な事しか出来ないんだけどね……」

僕はちょっと考えた。
それから、恐る恐ると口を開く。

「あ、あのさ……少しの間でいいんだ。雪を、降らせたり出来ますか?」
「?? 出来るけど、でも5分とかしか出来ないよ?」
「! っじゅ、十分! あの! お願い! それがいい! 僕、それがいいです! お願いします!!」

魔女見習いのお姉ちゃんは「5分じゃ学校も休みにならないし、ズル休みも出来ないんだけどな~」と首を傾げつつも、スカートの裾を捲り、太ももに巻き付けてある紐みたいなバンドからオシャレな木の枝みたいな杖を取り出し、軽く呪文みたいな意味不明な言葉の羅列を唱えながら、手に持った杖を振った。

僕はドキドキしながらそれを待つ。
どのくらいたったのかは分からない。
あっという間にも感じたし、数時間待たされたようにも感じた。
だけど、たしかに、雪が降ったのだ!

僕は目を凝らして雪の空を見つける。
「あった!!」
チラホラと降る雪の中に、一つの違うキラメキを宿した“雪の宝石”
僕がそれを掴もうとすると、魔女見習いのお姉ちゃんに止められた。
「? あー雪の宝石かぁ、懐かしいー。って、ちょっと待って待って! 素手掴んだら、直ぐに溶けちゃうよ! ……あった! ほら、ちょっと。いや、うん、ごめん。二週間前に洗ったきりで、ぐしゃぐしゃだけど、使えるから、うん、使って!!」
そう言って、薄いブルーの綺麗な柄をしたハンカチを差し出してくれた。もちろん、丸めたティッシュぐらいぐしゃぐしゃだ。
「……いいの?」
「いいよ。でも、雪の宝石なんて、子供しか見えないし、お小遣いにも、ならなくない?」
「いいの。妹が観たがってから」
「へぇ、妹ちゃん。ココには来なかったの? 一緒に来れば良かったのに」
「……余命なんだって、お医者さんが言ってた。今日がその、余命の日、なんだ。だから、嬉しい。お姉ちゃん、ありがとう!」
「!……ど、どうしたしまして。ねぇ、ちょっと!」
「?」

目を大きく見開いた魔女見習いのお姉ちゃんは、僕のおでこに何やらほにゃほにゃと、呪文を唱えると「これで、よし!」と軽く、ママみたいにキスをしてくれた。

「えっと……?」
「ちょっとしたおまじない! ほら、妹ちゃんが待ってるんでしょ? 急いで急いで!!」
「! そうだった、ありがとう! 魔女見習いのお姉ちゃん!」

僕は急いでその場から駆け出した。
だから、その後に行われた会話について、僕は知らない。

「いいのかい、あんた。そんなことして」
「おばあちゃん……うん、いいよ。アタシ、たくさん色んなものを見た。普通の女の子みたいな、色んなことをさせてもらった。だから、ね。もう、いいの」
「魔女は世界の一部で不死だ。だから、どんな難病にかかっていても、魔女になれば死なない。健康になれる――だが、魔女を譲ってしまえば、アンタは……」
「死んじゃうんでしょ? でも、いいの。アタシだって、譲り受けた物だもの。男は魔女になれない。だから、あの子から妹ちゃんへ行って、妹は普通の暮らしを手に入れる。昔のアタシみたいに。それでいい、それがいい、そう、思ったの」
「……後悔は無いかい」
「無いよ! だって、アタシ! 最期にとびっきりの魔法を使えたんだもの!! 人を笑顔にする魔法!! 魔女見習いとしては破格の出来じゃない!?」

「アンタはもう魔女見習いじゃない、立派な魔女さね」

そう老婆が声をかけた先には、灰となった山しか残っていなかった。
灰は風で飛ばされて何も残らない。何も。

「どうか、次の魔女が、幸せでありますように」

老婆はそうポツリと呟くと歩きだした。
あとには、何も、残らない。
全てを知るのは――あなた、だけ。


おわり

1/5/2026, 11:31:35 PM