逆井朔

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お題:忘れられない、いつまでも。

 二つ結びにしていた髪をポニーテールにするようになって、もうずいぶん経った。
 両耳の横でうさぎの耳のように黒髪をぶら下げていた学生時代のあの頃、私はずっと恋をしていた。
 同じクラスの近藤くん。かの有名な新選組の近藤勇と同じく勇という名前だけど、「ゆう」と読む、ということを4月の自己紹介で必ず口にしていた、童顔の男の子。
 勇という名前なのに、ほんわかと柔和で、たおやかに微笑む姿が好きだった。声変わりをしてもかなり高めの声で、合唱コンクールのときは男子で唯一ソプラノグループに入っていたっけ。
 隣の席で大して親しくもない私が消しゴムや鉛筆をなくして困っているときは、嫌な顔一つせずにさっと自分の筆箱から予備のものを貸してくれた。教科書を忘れた時も、机と机の真ん中の所に自分の教科書を置くのを嫌がらずにやってくれる貴著な男子だった。
 思春期に入ると男子の多くが、どことなく女子に対して距離をとるのが常のようになった。教科書を見せてと声をかければ煙たがられたり、外野から相手に気があるのではなどとからかわれたりしてげんなりする。
 幼い頃は男が女がなんてさして目くじら立てなかったのに、なぜ年齢を重ねたら性別の違いで爪弾きにされるのか、理解に苦しんだ。
 そんなふうに刻一刻と変化を続ける周囲の環境のなかで、けれど勇くんは決して揺るがなかった。女子だからと腫れ物に触れるような扱いをしてくることは決してなく、困っている人がいたらいつでも誰にでも平等な優しさを向けてくれる。とてもよくできた人だった。だからこそ、中学の頃の私がずっと意識していた人だった。

 だからこそ、同窓会の誘いが来たとき、一も二もなく飛びついた。
 とっくに誰とも連絡を取らなくなって久しかったけど、当時の友人と没交渉気味だからこそ、近藤くんに会える可能性がほんの少しでもあるならそれにすがりたかったのだ。

 立食パーティーの中で、私は常にちらちらと辺りを気にし続けていた。
 昔なじみたちとの久方ぶりの再会は、想像していたより存外悪いものではなかった。さして気まずい空気になる訳でもなく、あの頃こんな遊びが好きだったよね、あの漫画が流行ったよね、ドラマはこんなのが好きだったね、と、互いの間の空白を縫うように、思い出を手繰る質問が飛び交うのがちょっとくすぐったくて、当時の空気感が蘇ってくる感じもあって、何となく心地よかった。もうすっかりあの頃から変えて久しいのに、なんだか今も髪を二つ結びにしているみたいな、そんな気がしてくる。
 それぞれ数人ごとにテーブルが分けられていて、私のテーブルには近藤くんはいなかった。最初は各々の席のメンバーで食べて、語り合って、というのが自然な流れになっていたから、ここを離れて彼を探す、というのも中々難しい。
「あ、そういえばさっきびっくりしたんだけど」
「分かる、近藤くんでしょ?」
 こそこそと、同じテーブルの酒井さんと東さんが掌を扇のようにして内緒話をしているのに気づくのと、近藤くんの名を聞き取るのとはほとんど同時だった。
「あ、あの、今もしかして、近藤くんのこと話してた?」
 こちらから声をかけるのに少し勇気が要った。どもりながら尋ねると、当時もさして親しくなかった二人は、ちらとこちらの声かけに気づいて顔を向けてくる。温度がほとんど感じられない、無機質な目。
「――……ああ、うん」
「そういや、加藤さんはあの頃結構、近藤くんと仲良かったっけ?」
 関係の浅い東さんから見て、私たちはそんなふうに見えていたのか。今さらながらに過去の答え合わせをされたような気がしつつ、曖昧に頷く。
「どうかな。もしかしたらそうだったかも」
「じゃあ近藤くんのこと、知ってた?」
「全然気づかなかったよー、私」
「ウチもウチも、あれは意外だったわ」
「まぁでも、今ってそういう時代だもんね」
 要領を得ない話に小首をかしげていると、二人の興味は薄れたようで、こちらへの視線はすいと互いへと戻された。
 近藤くんの身に何があったのか、中途半端に聞かされた話で、余計に気になってしまった。
 特に親しい子がいる訳でもない飲み会は苦行と言っても差し支えなくて、軽く見渡す限りでは近藤くんも見当たらなくて、人疲れしてしまった私は一度、お手洗い休憩をとることにした。
 パーティー会場となっている地元のホテルの会食場を抜け出しても、誰からも気にかけられることが無い。気楽だけれど、それが少しだけ寂しかった。

 壁にあつらえられた鏡を、じいと見つめる。あの頃二つに結んでいた髪を、今は下ろしていた。そっと両手で二つ結びにしてみると、大人になったはずの私の顔が、瞬く間に幼く見えてくる。
「――あれ、もしかして加藤さん?」
 気づいたら背後に女性が立っていた。メイクを直しに来た人かもしれないと思い横にずれようとして、鏡に映るその人を思わず見つめる。
 見たこともない女性だった。でも、確かに見覚えがある。
「ああ、こんな見た目じゃもしかして分かんないよね」
 ハスキーな声でからからと笑っているその人を、私は確かに知っていた。
「ゆうです」
 近藤勇と書いて、ゆう、ってよく名乗ってたんだけど、覚えてないかな?
 その一言にハッとして、記憶のなかの勇くんと目の前の女性が結びついた。
「あ、の、近藤勇くん? よくノートとか消しゴムを貸してくれた」
「よかった! 覚えててくれたんだね」
 ほっと胸をなでおろす仕草をして微笑む姿は当時と変わりないように見える。
 でも、あの頃の勇くんはきちんと男子用の学生服をしていたし、髪も短く切りそろえていた。
 今私の目の前に佇む彼は、背中まで伸びる艷やかな黒髪をバレッタで留めていて、ひだがたくさんついた臙脂のスカートを可愛く着こなしている。何より、ここは女子トイレなのに彼は普通に入ってきている。
「えっと、勇くんはもしかして、女の子なの、かな」
「――……うん、そうなんだよね。勇って字は今は平仮名に変えて、女として生きてるんだ」
 当時も見た目は柔和で中性的のところがあったけれど、こうして本人が女性として振り切って服装やメイクを整えると、男子だった頃の面影がほとんどどこにも残っていない。たぶん、何も事情を知らない人が彼を見かければ、可愛い女子だとすぬ思うだろう。
「昔と違う姿で同窓会に来るのって、怖くなかった?」
 口について出たのはそんな失礼極まりない質問だった。会いたかったとか、もっと言うなら適切な言葉があったはずなのに、よりによってそんな言葉が出てしまった。
 なのに近藤くんはこんな私に嫌な顔一つせず答えてくれた。
「確かにちょっと勇気は要ったかな。でも、どうせいつか風の噂で親とかから本当か嘘か分からない話を聞かれるくらいなら、ちゃんと自分で姿を見せて事情を話して正しく理解してもらったほうがいいなって思ったから、来てみたって感じ」
 こんな小さな田舎町では、よその家庭のあれこれが貴重な会話のきっかけになりやすい。人の口に戸はたてられぬとはよく言ったものだけれど、田舎町だと娯楽が乏しいせいか、都会の何倍も噂の回りは早かった。だから近藤くんがそんな風に決断したのもとても納得してしまう。
「あのね、私、近藤くんに会いたくて同窓会に来たんだ」
 私も勇気を出して口にしてみると、彼(彼女)の口元がほころんだ。
「えっ、そうなの? 嬉しいな」
 相手に嫌がられていないことに安堵して、更に話しかける。
「近藤くん、いつも優しかったでしょう。当時の男子女子ってちょっと微妙に険悪というか距離があったけど、近藤くんからはそういうのを感じなくて、こちらが困ってたらいつも親切にしてくれて、私、そういうのが本当に嬉しかったんだよね」
 だから、また会えたらいいなと思っていた。ずっと君の姿を会場で探していたくらいには、待ち望んでいた。どんな好青年になっているかなと勝手に妄想していたけれど、実際は想像と随分違っていた。――でも。
「また会えて嬉しいよ。こんなに綺麗な人になってるなんて予想外だったけど、その服もメイクも似合ってて可愛い」
 メイクは自然な感じで、口紅も淡い茜色で、落ち着いた近藤くんによく似合っている。グレーのニットカーディガンも、シックな感じで今の彼の装いにピッタリだった。
「ありがとう。すごく嬉しい」
 照れたようにはにかむ姿に胸をきゅっと鷲掴みにされたような気がした。これは周囲の男子のハートも狙い撃ちされているのではなかろうかという気もしてくる。
 さらに勇気を出して、ひと言。
「――あのさ、ゆうちゃん。連絡先交換しない?」
 友だちになってほしいんだ。
 そう告げると、両手で顔を覆ったゆうちゃんが、ゆっくりと顔を上げて言った。
「勿論だよ」
 双眸の端がほんの少し光っているのを、見なかったことにした。

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2026.5.8 23:32
途中爆睡してたので正確な時間は不明ですが、トータル40分くらいで書いたかな?

5/9/2026, 2:32:47 PM