『たまには』
気分転換に本でも読もうとリビングに向かうと、彼女がマグカップを両手で包み込んでソファに座り込んでいた。
「なに飲んでるんです?」
「んー?」
嗅ぎ慣れない匂いにつられて、彼女のすぐ隣に擦り寄り、マグカップを覗き込む。
見た目は具のない味噌汁だが、ほんのりと魚介系の香りがした。
もしかして、新たな味噌汁の配合に挑戦したのだろうか。
「インスタントの味噌汁。カニだしの味噌汁って初めて見たから買ってみたんだけど、れーじくんも飲む?」
なんだ、インスタントか。
淡い期待は打ち砕かれ、味噌汁への興味を失った。
「いえ、今は遠慮します」
「そ?」
他愛のないやり取りをしたあと、彼女は再びマグカップに視線を落とし、ハフハフと息を吹きかけた。
俺はそんな彼女の太ももを拝借して横になる。
本を開いたとき、彼女の手が俺の頭に触れた。
「れーじくんが甘えただ」
「たまにはいいじゃないですか」
「別に? 珍しいなって思っただけだよ?」
まろやかに笑う彼女に、俺は本から目を離した。
うわ。
下から見上げる彼女が新鮮すぎて、うっかり胸が締めつけられる。
視線を上げるだけでこんなにもかわいい御尊顔を拝めてしまうのだから、読書に集中できる気がしなかった。
「そうですか?」
「意外と甘えベタじゃん」
そう、かなあ?
イマイチ彼女の言い分にピントが合わない。
彼女に甘えてムチャな要求は押し通しているつもりだ。
つい先日だって、散々、彼女の歯を磨きたいとごねたばかりである。
全然、許してくれなかったのは残念ではあったが。
そんな俺の反応に、彼女はあきれた様子でため息をついた。
「人の言葉尻を都合よく変換して、ダル絡みはしてくるのにね?」
どうやら、俺のなかでの甘えは彼女にとってはワガママの域を越えていたらしい。
越えていたところで、基本的にはなんでも受け入れてくれるから、認識にズレが生じてしまったようだ。
「なんでそんなひどいこと言うんですか。ダルくないです」
グリグリと彼女の腹に額を押しつけ、拗ね散らかす。
「はいはい。ごめん、ごめん」
「いくらなんでも軽すぎません?」
「悪いとは思ってないし」
「なら最初から謝らないでくださいよ」
「折れてる素振りは見せておかないと、ダルさに拍車がかかるじゃん」
「ちょっと」
2回もダルいとか言うのやめろ。
すっかり俺に対するあしらい方が雑になってしまっている。
それでも、彼女が楽しそうに笑うのだから、俺も絆されるほかないのだった。
3/6/2026, 7:30:01 AM