中宮雷火

Open App

【ロンリーズ・ストリート】

ここは少し洋風なストリート街。
その名も
【ロンリーズ・ストリート(Lonely+s Street)】
その名前から連想されるように、
ここは孤独な人々が集まる場所。
これは、そんな明るくて暗い街の出来事。

―――――――――――――――――――――
鉛色の曇り空の下。
僕はロンリーズ・ストリートを歩いている。
余裕が無い中でも周りを見回してみると、
皆どこか元気が無い。
目には光が宿っていない、どこか無気力。
忘れられない「欠けた何か」を抱いている。
まあ、それは僕もなんだけど。
僕はずっと孤独に生きている。
僕には家族も友人も愛人も、誰も居ない。
ずっと独り。
だからここにいるのだろうか。

よそ見しながら歩いていたから、すれ違いざまにある女性とぶつかってしまった。
ぶつかった衝撃で、女性が持っていた紙袋が落ちてしまった。
「ごめんなさい、大丈夫?」
紙袋から飛び出たリンゴを拾いながら声をかけた。
女性はしばらく固まっていたが、突然目から大粒の涙を零した。
「…ごめんなさい、ごめんなさい」
唖然としている僕から紙袋を奪い、女性は去っていった。

翌日。今日も曇天。
僕は昨日の事を考えていた。
あの女性は、あの後どうしたのだろう。
なぜ泣いてしまったのだろう。
僕が悪いのだろうか。
ぶつかってしまったのが悲しかった?
もっと僕が誠実で心優しい人物だったなら、
彼女を悲しませずに済んだだろうか?
そんな事を考えていると、近くで何やら声がした。
「さあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい!
商人ジーンは何でも持ってるよ!」
ロンリーズ・ストリートには珍しく、快活な声だった。
しかし、立ち止まる者は僕以外に誰も居ない。
きっと、皆は商人どころではないのだ。
自分のことで精一杯なのだ。
それでも僕だけは立ち止まり、彼に興味を示した。
「お、そこのお兄さん!何かお探しかい?
艷やかなリボンに目を奪われたかい?
それとも恋人へのアクセサリーかい?」
僕は商人が売っているものをじっと眺め、やがてあるものを手に取った。
「お、懐中時計に目をつけるなんていいセンスだねえ!どうだい?今なら半額にしようじゃないか!」
僕は金を渡し、懐中時計を買った。
「あ、待ってよお兄さん。今なら特別にラッピングしてあげるよ、無料でね!」
別に誰かへのプレゼントでは無いのに、綺麗にリボンでラッピングされてしまった。

はあ、変な商人だったな。
なんて考えていると、僕は見たことのある人を見つけた。
昨日の女性だ。
貼られたチラシをじっと眺めている。
「あ、あの…」
僕は思わず声をかけてしまった。
彼女はビクッと体を震わせ、
「あ、あなたは昨日の…」
と掠れた声で呟いた。
少しだけ気まずい沈黙が流れた後、
「あ、では…」と去っていこうとする彼女の腕を掴み、
「えっと…、今からお茶でもしない?」と、
気づけば僕の口が勝手に動いているのだった。

近くのカフェテリアでコーヒーを飲みながら話をした。
中は虚ろな目をしてコーヒーを嗜む人ばかりだ。
「ごめんなさい、昨日は何のお礼もせずに…」
「いや、僕が悪いんだ。ちゃんと前を観ていなかったから。」
再び沈黙が流れた後、僕は何を思ったのか
「あ、あの、良かったら、これ受け取ってくれない?」
と、さっき買ったばかりの懐中時計をプレゼントしようとしていた。
自分でも正直わけがわからない。
体が自分の意思に反して勝手に動いているのだから。
「え、なんで?」
「えっと…、昨日のお詫びとして。」
「…開けてもいい?」
「もちろん」
彼女はリボンをほどき、袋の中から懐中時計を取り出した。
しばらくはまじまじと眺めていたが、突然懐中時計を握りしめて泣き出した。
「え、どうしたの?」
「ごめんなさい、違うの、ただ、昔の事を思い出しただけ…」
そう言って彼女はある話を始めた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
私の家は昔から貧乏だったの。
食べる物がなくて、いつもそこら中に捨てられているゴミの中から食べられそうなものを探していたくらい。

母は病気がちだったから、私が代わりに家事をしていたの。
父は夜警の仕事をしていたけれど、仕事をクビになってからは雑用係を任されるようになって、ますます生活が苦しくなった。
それで、父は次第に泥棒をするようになってしまったわ。
夜になったら近くのパン屋に忍び込んで、私たちの為にパンを盗んでくれた。
だけれど、ある時盗みをしているのがバレて、そのまま牢獄に入れられてしまったの。
私たちはとうとう食べるものもお金も尽きて、お母さんは死んでしまったの。
それから私はずっと独り。
必死に靴屋の仕事を頑張って、今はそれなりの生活を送っているけれど、それでも誰にも愛されなくて寂しいの。

この懐中時計、クリスマスの日にお父さんが買ってくれたものとそっくり。
お母さんが提案して、お父さんが頑張って貯金して、わざわざ私の為だけにプレゼントしてくれたの。
「ソフィア、僕たちからの贈り物だよ」って。
親方に取り上げられてしまったから、またそっくりなものを貰えて嬉しいわ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
僕は彼女の話を聞いて、「孤独なのは僕だけでは無いんだな」と思った。
僕の口はまた勝手に動いた。
「次の日曜日、また会わない?」

それからというものの、僕たちは毎週日曜日にロンリーズ・ストリートで会うことになった。
ソフィアと話す時間が唯一の楽しみだった。
僕にとって、ロンリーズ・ストリートは素敵な場所になっていた。

そんな生活が2年ほど続き、僕はある決心を固めた。
彼女にプロポーズしよう。
しかし、照れ臭いしどうすればいいのか分からない。
どんな言葉が似合うのか、どんなシチュエーションなら良いか、全く分からなかった。
頭の中が混沌としたまま迎えた日曜日、僕は約束の場所に向かう道中に花屋を見つけた。
僕はふと目についたブルースターの花を買った。

「お待たせ!」
ソフィアと合流し、今日も灰色のロンリーズ・ストリートを二人で楽しそうに歩いた。
しかし、今日はずっとムズムズしていた。
いつプロポーズしよう。
ソフィアに振られたくない。
ずっと悩みに悩んで、それでも言葉は喉元でつっかえて出てこなかった。

15時ごろ。
ソフィアがお手洗いに行っいる間に2人分のコーヒーを買っておこうと思った。
「えっと、ホットコーヒー2杯で」
女性の店員さんはすぐにホットコーヒーを注いでくれた。
「あなた、彼女さんと一緒なのね?」
「ええ、まあ…」
「プロポーズは?しないの?」
「えっと…」
僕は上着に差しているブルースターを気にしながら言葉を濁した。
「…まさか、プロポーズする勇気が出ないの?」
店員さんの図星な発言に目を見開いた。
「あら、まさかそうなの?」
「…うん。」
「チャンスは待っていると逃すものよ。
幸せは歩いてこないんだから、自分から進まなきゃ。」
僕はその言葉に絶対的な心強さを感じた。
「あなたの幸運を祈るわ!」

ソフィアとコーヒーを飲みながら、僕は自らを鼓舞し続けていた。
愛されなかった自分が誰かを愛する覚悟を決めるということ。
その重みを心で感じ取っていた。
斜め後ろを振り向けば、さっきの店員さんがガッツポーズをしていた。
「あなたならできる」と口が動いているのを見た。
僕は頷き、ソフィアに向き合って言った。
「あのさ、」
「うん、」
「僕は愛された経験が無いし、誰かを愛したことも無い。」
「うん、」
「それでも、君を愛し続けて良いかな?」
「えっ、」
「君の人生に、ずっと隣にいても良いかな?」
僕はブルースターの花を差し出した。
ソフィアは震える手でブルースターを受け取った。
「…喜んで!」
ソフィアが僕に抱きついたその時、周りから拍手が聞こえてきた。
周りを見回すと、通行人が皆幸せそうな笑顔を浮かべていた。
僕たちは顔を見合わせて微笑んだ。
ロンリーズ・ストリートに、初めて笑顔が咲いた。

―――――――――――――――――――――
もう覚えている人は居ないだろうけど、
実は「ロンリーズ・ストリート」は正式名称では無い。
あだ名みたいなもので、いつの間にかそう呼ばれるようになっただけ。
本当の名前は
【ラビングズ・ストリート(Loving+s Street)】

10/19/2024, 12:54:05 PM