あにの川流れ

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G-39
 それは長らくそこかしらにそのままだった。
 それ、というのは、もちろん指示語であり特定のものを取り上げるときに使用される、ある国が基準の地図でいうところの極東に(中略)所謂、おやすみぬいぐるみシリーズのくろねこである。

 はじめそれは、とあるくたびれた中層年の雑貨屋の地下にいた。レジ前のワゴンに山積みされた、ただの千篇一律に他ならない。どれにも同じく個性があり、正しく個性のない集まり。
 ぼんやりと上に積み重なり融合していたものが、ゆっくりと時間をかけて上から取られてゆく。

H-1
 そこで確かにその子――特定の人物を意図的に名前を排除して指し示すための言葉で、まさしく指示されたその子は、上のひとつを取り上げた。
 しかしすぐに首を傾げて。
 そこからは、またぼんやりとした集合体に戻る。【くろ】なんて個体識別コードを付けられたはいいが、そう呼ばれる機会は少ないものだった。コーヒーにクッキーはつきものであると疑いもなく考え、それが間違いだったときと同じことなのだろう。

 中でも特別な個体識別コードを持っている個体はいたが、それぞれ相応な特別を持っていたから当たり前であった。
 それ――【くろ】も同様にその子の特別たるべくそこにいるはずだった。

H-2
 事が動いたのは唐突に、その子はさも唐突に――傍から見ればそう見えただけであって、その子からすれば当然の回路を辿った結果なのかも知れないが、とにかく【くろ】にとっては唐突に、それとも気まぐれに。
 定位置になって空白もしくはデッドスペースもしくはブラックボックスに近しくなり始めた頃、その子が【くろ】を取り上げて、横になったのだ。

 低反発の【くろ】の胴体は潰さず、まるで添い寝をするかのように。想定されていた用途で想定外の使い方をしたわけだ。

 それからというものその子は毎日のように、なんなら本当に毎日【くろ】を抱き締めて息を夜に落とし込むようになった。
 懸念されていた飽きは遠く、枕代わりにでもされているのかと思っていたのだがどうやら違うらしい。というのも、それにしては撫でたりぎゅっとめちゃくちゃに潰さない程度に腕に抱いたりするものだから、どうやらこれは枕ではなく、マイナスイオンだかイオンプロダクトファイナンスだとか、そういう類の、その子へ何らかプラス効果をもたらすものとして扱われているらしかった。

H-3
 確信したのは何日目だったか。
 とにかく、すとん、と分かった。

 個体識別コードが【くろ】から【くろちゃん】になり、その後いつかのタイミングで【くろちゃん】から【クロウンティウス二世※1】になった。
 それから【クロウンティウス二世=くろちゃん】になった。

 定位置が変わり、ブラックボックスは解体された。
 特別を持たされて、もたらされて。
 【クロウンティウス二世=くろちゃん】は、その子にとってそういう存在になった。

 そういう、という指示語の内訳と変遷の詳細に関してはG-39から目を通して頂きたい。

 ※1 クロウンティウス一世は存在しない。




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2/18/2023, 8:28:33 AM