ナナシナムメイ

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〈お題:これまでずっと〉ー評価:凡作

彼は今日まで、とても真面目だった。
いや、これからもきっと真面目なのだろう。

彼は交通事故に合って記憶を失った。
私との出会いも、そこから築き上げた関係性も彼は一人私を忘れることで、私の伸ばした手は空を切る。

互いに手を伸ばせば相手に触れ合える。
そんな関係性に彼はいた。
だのに彼は一人遠くに行ってしまった。

親の代わりに看病をするという事になって、物理的な距離はむしろ程近くなった。
彼には決して「好き」という気持ちはない。
記憶を失う前ならば彼も私を「好き」とは言わなかっただろう。
これは、男女の友情が成立していた数少ない例であった。

けれど、今の彼は私に「一目惚れです」と告白した。

私には分かる。病的不安から最も親身になっている異性に依存する。引き留める手段としての「好き」であると。
彼の「好き」は記憶を失っても真面目に生き残る手段を模索した結果に思う。

事情を忘れた彼には、親の見舞いがない事が何か重大な事に思えたに違いない。

私は、返答に迷っている。
記憶を失った彼となら、新しい…恋人としての関係性を築く事ができる。
私は、私の意思で選ばなければならない。
彼との新しい関係性を求めるというのは、些か抗い難い魅力を感じる。
今後、病院に訪れる際に、とても便利な文言でもある。

これまでずっと、私は男女の友情に酔いしれていた。これほどに楽しい関係性は見出せないとさえ思っていたのだ。

これからは…どうだろうか。
冗談でも好きと言われた相手と男女の友情があり得るだろうか?
これからは…きっと…「これから…よろしくお願いします」

私は、私が伸ばした手を彼の喉元に突き立てた。

7/12/2024, 11:12:21 AM