なつの

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お題 お祭り

真っ赤な鳥居をくぐると、今は僕たちの棲家ではない。3日間だけ棲家を奪われた僕たちは、今でこそ楽しんで人間たちからの捧げ物を満喫しているが、半分ほど前の年に、人間たちへ抗議していた。畑を荒らし、果物を食い尽くし、木の扉を破壊して、人間たちを困らせ続けた。けれど、昔から僕たちの近くにいる古い人間は、対峙するたびに手を合わせにやってきた。

「だうかしずまれくだせぇ…」

「あしらは、御使い様を大事にしとおござえます」

年齢で言えば僕たちの方が遥かに上なので、大体の言葉はわかる。長い年月をかけて、人間に変化するために沢山の努力もしてきた。特に僕たちの長は、区別がつかないほどにまで完璧なので、姿を見せることができる。
長を目にしたその人間は、殊更に頭を下げて、目も合わせずに言葉だけを発した。

「尊いお方、やんごとなきお方であることは、十分承知しておりまするゆえ、だうか、だうか」

長は言った。

「我が一族の棲家を、なぜ荒らすのだ。人間たちの穢れがそこらかしこにあるではないか。一つ前とは随分異なっておろう?」

古い人間は答えた。

「もう、私たちでは手がつかねぇでごぜえます。おいぼればかりの、なんとかここまでですが。わけぇもんには、かないませぬのでごぜぇます。」

長はとても賢いので、こう言ったそうな。

「ならば祟りをおこせ。また棲家を荒らすようなことがあれば、貴様ら人間の里に降りて祟りをくらわすわ。簡単なことよ。狐憑きとでも広めれば良い」

長の言葉を村の皆に伝えた古い人間は、若い人間にも厳しく説教をし、丁寧にもてなすよう伝えた。しかし実際、その手を煩わせている若い人間が、僕たちの許可なく棲家に入り、わざと祟りを起こそうとしたことがあった。人間で言う、肝試しだ。
長は術が使えるので、火の玉や女狐の分身を放ち、その者に原因不明の病を引き起こさせた。

長は謝りに来た古い人間にこう伝えた。

「貴様らがやっていることは、我々の棲家を汚す事と同じ。一つ前の人間は、我々一族をもてなし、大変楽しませてくれた。その恩として、この田畑と無疫の加護を授けた。今の人間たちでは、到底受け付けぬ。去れ。さもなくば祟りを今ここで起こす。」

古い人間は息も絶え絶えにこう言った。

「だうか、だうか、このおいぼれだけにしてくだせえ。村の皆はだうか、勘弁くだせぇ」

長は、長年この古い人間と言葉を交わしてきたので、目の前の人間が今どのような気持ちかを、察することができた。古い人間は、僕たちを本当に慕っており、どんな天気の日でも手を合わすことを欠かさなかった。棲家を荒らされ続け、僕たちが村におりたあの日でさえも、たった一人でやってきては、謝り続けていた。そして、若い人間の悪戯のときにも。
長は、この古い人間に免じて、一つ前の人間よりも豪華に一族をもてなせと命じた。

そしてまた、今年も3日間だけ、僕たちの棲家が奪われる代わりに、豪華絢爛とも言える祭りが僕たちのために開かれるのだ。
長の命を受けた古い人間は、その古い身体を粉にして祭りを考えた。たくさんの仲間の力を借り、若い人間たちも巻き込んで、僕たちの棲家全部を華やかに彩った。中央には大きな太鼓と鳴物があり、常に音楽が流れるようにしてくれた。
また、鳥居の近くには新たに祠を設置して、僕たちへの捧げ物を用意してくれた。



「長!早く行きましょうよ!ふわふわな飴がなくなってしまいますよ!」

「そう急かすな。私も大分歳を重ねた。人間に紛れるのは疲れるのだ。」

「あの古い人間は、今年も来るのでしょうか?人間で数えると、一年前から姿を見ていません。」

「肉体としては来ないだろうな。霊魂ならば、既に我らの棲家の祠にある。」

長はカランコロンと下駄をならして祠へ向かった。ぼうっとした光が長の手の上で揺れている。

「其方の生をかけたもてなし、今年も心ゆくまで楽しむとしよう。其方も来るか?」

光は長の手を離れて、頭の上を漂っている。つられて上を見上げると、一発目の花火が上がったところだった。

7/28/2024, 2:33:10 PM