水蔦まり

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第二十九話 その妃、守り抜くため
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 その日から、少女は少女でなくなった。

 名前を変え、姿を変え。
 親を、住む場所を、友を変え。

 そうして過去の自分をこの世から消していった。



『ぼくが。天神の一族だから? だから。しんじゃったの?』

『……そうじゃないわよ。ほんと、いつまで経ってもお馬鹿で泣き虫なんだから』



 どの一族にも共通して言えることは、その名や血を決して絶やしたくはないということ。誉高い名家であれば尚更であろう。


 少年の一族は、その血に特別な異能を宿す“力持ち”であった。力の特性故か代々女が生まれることが多く、歴代当主の奥方は、力のある女性として発言の影響力が大きかったという。

 それが少年の誕生により、それまで曖昧だった男系継承に大きな拍車がかかった。少年に必要以上に期待を寄せてしまうのは、致し方ないことだった。


 しかしながら、一族が喜びと期待で満たされることはなかった。少年に、異能が殆ど発現しなかったのだ。

 それでも当主へ据えるべきだという一派と、今まで通り一番力の強い者の婿を当主にするべきだという一派が水面下で争いを始め、ついには怪我人まで出る始末。


 大人だけが勝手にやっているなら話は別だが、少年の命が狙われ始めてしまっては、黙っているわけにはいかなかった。

 ましてや、一族以外の人間たちが、手を出してくるのなら尚の事。



『逆に聞くけど、あんたは今、どうしてここにいるのよ』


 少年は知る由もないだろう。

 まだ母親の腹の中にいた頃に決定し、少女の死と共になかったものとなった関係性を。二人の出会いが、決して偶然ではなかったことを。



『次期当主として、もっとやるべき事があるでしょう。力が無いなら無いで』


 “当主の座につくまでは、命に代えても少年を守ること”

 これは、共に御上に支える一族と本物の家族への誓い。
 そして、家同士が決めた“元許嫁”の契り。


 でもこっちはね、たとえ御上の命がなくとも。たとえ彼が当主になれなくとも。この命尽きるまで守り抜くと決めたのよ。
 そんな覚悟がなきゃ、自分のことを殺させるわけがないでしょう。




『一矢報いたいと思ったんだ。一族の奴等に』

『だからって、家業とはいえ大事な時期に、わざわざこんな大仕事しなくたっていいじゃない』


 そのおかげで、この国に潜り込むのにどれだけの手間を費やし、根回しをし回ったことか。結果として、問題点が新たに判明したから、特に問い詰めはしないが。



『人の命は、人の都合で勝手に奪っていいものじゃないから。それがたとえ、御上の命令だとしても』


 ……ああ。そうか。
 どうして今まで、気が付かなかったのだろう。




『そういえば、あんたはもう、あの頃に会った子どもじゃないんだったわね』


 気が付けば少年の姿は、今現在の青年の姿へと変わっていた。






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2/26/2024, 3:00:47 PM