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透明

 彼は透き通って明るくて、でも確かにそこにいた。

 物心ついた時から、ほとんどの人は透明だった。
 家族のふりをする気持ちの悪い連中も、自分を手懐けようとする教師たちも、顔すら覚えられない同級生たちも、自分の意志を無視して触れようとしてくるあらゆる連中も。
 シーツを被ったモノのような存在に囲まれて、息が詰まりそうだった。

 「お前の新しい弾除け候補だ」
 そう言われて見た写真の彼の目は驚くほど青くて、雲どころか風も何もかもが映りそうだった。身長は六フィート六インチ、ギリシャ彫刻みたいな身体をしている。
 「…可愛い子だね」
 綺麗、と言いたくてようやく口にした言葉に返ってきたのは、婉曲的に「気に入ったなら好きにしていい」というものだった。
 彼は一般的な意味での「人間」ではない。人為的に造られ、消費されていく存在だ。
 ところで、古代ローマや大昔のアメリカには「解放奴隷」と呼ばれる人々がいたという。
 好きにさせてもらうことにした。


 その人は透き通るような髪と肌の持ち主で、でもとても昏い目をしていた。

 警察官としてこの人の護衛をすること。それが自分の造られた理由らしかった。だがとても賢くて強い人だったので、護る必要はあまりなかった。

 「あのね、ここに署名してほしいの」
 この人が言うなら何か大事なことなのだろうと思い、何箇所かに名前を書いた。
 「それでね、今日からここに住んでほしい」
 業務上必要ですかと訊いたら、絶対に必要だと襟首を摑まれた。その目が何だか妙にきらきらしていて、何故か頷いてしまった。

 その人は透き通るような髪と肌の持ち主で、目は見たこともないような深緑色をしていた。
 「綺麗」という言葉が、初めて自然に頭に浮かんだ。


 二人は毎日一緒に起きてシャワーを浴び、薄切りのトーストに目玉焼きを乗せて食べる。そして、一緒に出勤する。
 部下たちは、優秀だが何かが欠落している上司-忙しいと風呂にも入らず、しばしば容疑者に暴力を振るう-が最近やけにこざっぱりして落ち着いてきたこと、永久に下っ端の筈の「あれ」がやけに仕立ての良い服を着ていることに気づいている。だがあえて何も言わない。

 透き通って明るくて、でも確かにそこにある何かを二人の間に感じるからだ。

5/21/2024, 5:04:51 PM