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「クレア、ドラゴンって宝物を守るんだ」
「へーよかったですねバン様」

 俺がそう言うと、妻のクレアは興味が無いのか、まったく感情のこもらない声で答える。
 結婚してから何度目か分からないやりとりだが、未だに俺の心をえぐる。
 夢に見るからやめて欲しい。
 それはともかく。

「もうちょっと真剣に聞いて欲しいんだけど」
「……」
「聞いてください、お願いします」
「仕方ありませんね。
 どういう事ですか?」
 クレアが、不承不承で聞いてくれる。
 俺の話、そんなにつまらない?

「えっと、ドラゴンには宝物を守る習性があるんだ」
「聞いたことあります」
「ダンジョンの最深部にいるのもそのためでな。
 宝物を集めやすいし、守るにも都合がいいんだ」
「たしかに、ダンジョンの最深部かその付近でしか見たことありませんね……
 不思議でしたが、そう言った理由だったのですね……

 話は終わりましたか?」
「俺の妻が酷い」
「興味のない話を振るからです」
「くっ。
 だがここまでは前フリだ。
 俺たちの子供である龍太について、話したいと思ってな」

 そういうと、クレアは自分の腕に抱いている小さなドラゴン――龍太に視線を移す。
 龍太は、俺たちが育てているドラゴンの子供だ。
 種族は違えど、俺たちの大切な子供である。
 幸いにも龍太は俺たちのことを親だと思って懐いているし、俺たちも本当の子供だと思って大切に育てている。
 これも一つの家族の形なのだ。

「俺たちと龍太は違う生き物だ。
 ちゃんと違いを理解して育てないと、不幸な事故につながりかねない。
 だがクレアはドラゴンの習性について知らないだろ。
 折を見て、龍太やドラゴンの事を少しずつ話しておこうと思って」
「そういうことでしたら早く言ってください!
 ドラゴンには興味はありませんが、龍太に関しては別です!」

 クレアが俺に唾を飛ばしながら叫ぶ。
 こいつ、龍太が卵から生まれてくるまでは少しも興味を持たなかったくせに……
 どこでスイッチが入ったか分からないが、一日中龍太を抱っこしている。

「話を続けましょう。
 先ほどの話と龍太、どう関係があるのでしょう?」
「龍太も宝物を守る習性があるって事だ。
 今の内に龍太が守る宝物を決めておきたい」
 俺は本日の重要な案件を口にする。
 だがクレアはいまいち理解できなかったようで、不思議そうな顔をしていた

「それ、やらないとどうなるんですか?」
「勝手に他人の財産を守ろうとしたり、宝を求めてダンジョンに行ってしまうことがある。
 あとはその辺の石ころを守ろうとしたりする」
「石ころ?」
「宝物を守るのは、ドラゴンの本能だ。
 何がどうしてかは知らないが、その辺にあった綺麗な石を集めて守ろうとするんだ」
「子供の頃、私も綺麗な石を宝物にしていましたが……
 なんとも可愛らしい事で……」
「だが迷惑極まりないぞ。
 僻地ならともかく人通りの多い道でやられると、討伐するまで流通が止まる。
 大騒ぎだよ」
「たまに人里に下りてきたドラゴンって、そういうことなんですね……」

 クレアが驚く。
 さすがにドラゴンに興味のないクレアでも、こういった生活に直結する話は真剣に聞いてくれるみたいだ。

「なるほど、話は分かりました。
 私も、龍太が他の人に迷惑をかけるのは本意ではありません」
「理解してくれて嬉しい」
「でもどうするんですか。
 宝物は手に入りにくいから、宝物なのですが……」
「そこは問題ない」
 俺は一振りの短剣を取り出す。

「これは俺がこの前ダンジョンで手に入れた短剣だ。
 強い火の魔力が宿っていてな、宝物にするには十分な価値のある短剣だ」
「いつのまにそんなものを……」
「これを龍太の宝にする
 ほら龍太。これはお前にやろう。
 大切にするんだぞ」

 俺が短剣を渡すと、龍太は口にくわえる。
 すると龍太は嬉しそうに『キュイキュイ』と俺の方を見て鳴く。
 まるで『ありがとう』と言っているみたいだ
 そんなつもりではなかったが、俺を言われているのと思うと存外嬉しいもんだ。
 俺とクレアは、龍太の様子をほほえましく見守る。

 その時だった。
 近くの茂みから人影が飛び出してきた。
「しまった!」
 俺たちは龍太に気に取られて反応が遅れ、人影に龍太が咥えていた短剣を奪い取られる。
 人影は少し離れた場所で、奪ったものを吟味していた。

 俺は臨戦態勢と取りつつ、人影に正対する。
「ゴブリンか」
 人影の正体――それは低級モンスター、ゴブリンであった。
 ゴブリンは奪った短剣をうっとりするような目で見つめている。
 ドラゴンの宝物は、ゴブリンにとっても価値がある。
 どうやら奪う機会を狙っていたらしい

「返しなさい!」
 クレアが隣でゴブリンに向かって大声を出す。
 するとゴブリンは気分を害されたことに怒ったのか、こちらに向かって威嚇してきた。

「それを大事な物なのです!
 すぐに短剣を龍太に――龍太?」
 クレアが啖呵を切っている間、龍太はクレアの腕から飛び降りた。
 そしてゴブリンの前に出て、威嚇し始める。

「見てくれクレア!
 龍太は短剣を奪い返すつもりだ!
 ドラゴンの宝物を守る習性が出たぞ。
 これで龍太も一人前のドラゴンだ」
「そんなことを言っている場合ですか!」
 クレアにゴチンと頭を殴られる。
 ちょっと興奮しすぎたようだ。

 だが何を心配することがるだろうか?
 いくらドラゴンの子供でも、ゴブリンに負けるような事は無い。
 小さくてもドラゴンなのだ。

 けれど、予想に反し龍太は威嚇するだけで、ゴブリンに攻撃を仕掛ける様子はなかった。
 怖がっているふうでもないが、どういう事だろう?
 龍太は威嚇するだけで、何もしようとはしなかった。

「奪い返そうとしないな……」
「むしろ、なにかを守るように……
 まさか!?」
 クレアが何かに気づいたように大声を上げ、涙を流す。

「龍太は、龍太は!
 私たちの事を宝物だと思っているんです」
「なんだって!?」
 人間が宝物だなんて聞いたことがない。
 けれど、言われてみれば守っているようにしか見えなかった。

「そうか龍太は、俺たちの事が大切なんだな」
 不意に視界が涙で滲む。
 俺たちが龍太の事を大事に思っているように、龍太も俺たちもことを大事に思っていたらしい。
 家族なんだから当たり前といえば当たり前の事。
 だからと言ってその尊い輝きが鈍くなることは決してない。
 心の中で、これ以上に大切にすることを誓う

 俺たちが感激の涙を流していると、ゴブリンはチャンスだと思ったのか、龍太に石を投げつけてきた。
「きゃう!」
 当たり所が悪かったのか、痛そうな声を上げる龍太。
 それを見たクレアは、見る見るうちに顔が険しくなっていく。

 そして鬼の睨むクレアを見て、ゴブリンは戦意喪失。
 短剣を置いて逃げて行ってしまった
 クレアはすぐさま龍太のそばに駆け寄る

「龍太、偉いですよ!
 悪い奴を追い払いましたね」
「キャウキャウ」
 クレアは龍太を抱き上げ、龍太は嬉しそうにはしゃいでいる

「宝物を与えようだなんて、傲慢すぎたな」
 自分のの宝物である二人を見て、俺は少しだけ反省するのであった

11/21/2024, 1:58:28 PM