【胸の鼓動が踊るように、きみと紅茶を】
「大変結構ですよ」
執事の三神がティーカップを置いた。
メイドの聖良は合格点を貰った事に一瞬ホッとはしたものの、自信を持てずにメモを取り出す。
「基本は湯温95℃以上で一人分2から3グラムを150㏄ほどのお湯で抽出、茶葉が……」
ブツブツと呟きながらメモを見直し、自分のカップに注いだ紅茶の色や香りを確かめて、一口啜った。
「これが基本のアッサムティー、なんでしょうか……。三神様が淹れた時はもっとコクも香りもこんなものでは……。色もブランデーの様に煌めいて、とても感動したのに……」
なのにコレは地味で普通の味。不味くは無いが感動するほど美味しいとは言えない。
三神は片眼鏡の位置を直すと、金色の紅茶缶を手にしてカパッと開ける。
「香りを立たせるなら、沸騰したらすぐに湯を注ぐ。その時にもっと茶葉を踊らせるように意識して、高い位置から注いでみてはどうでしょう──」
そう言うと手際良く茶葉を温めたポットに入れ、沸騰したお湯を高い位置から注ぎ入れる。注がれるお湯は太く勢いがあり、トポポとポットが小気味よい音を立てていた。
「──このように、私は高い位置から太めに勢いよく注ぐようにしますが、聖良さんは細く繊細に水飴を引くように注ぎながら高く上げて行きます。いろんなスタイルがありますから、もしかしたら同じ淹れ方でも味が変わるのかも知れませんね」
茶葉がポットの中で踊るように対流し、ジャンピングする。
その花が舞うような水の流れは美しく、見ていて飽きることがない。
「頑張れば、三神様の様に美味しく淹れられるでしょうか」
ぽつりと呟くと、聖良は落ちていく砂時計を眺めて肩を落とした。
「何を言うのですか、とても美味しく淹れられていますよ。同じ淹れ方でも微妙に味が違うのは、私はそれで良いと思うのです」
「そうでしょうか……」
「そうですよ、貴女の味がするのですから」
そう言って三神は聖良に笑いかけ、聖良は胸を押さえて顔を赤くした。
9/9/2022, 9:40:24 AM