「またね」
僕の大好きなあの人は「愛」を嫌っている。
あの人と出会ったのは人の多い祭りの中。
すれ違ったあの人はとても美しかった。
目を離せなくなった。
あの人は僕の顔を見てうつむいた。
追いかけて見ると目から涙がこぼれていた。
目が赤く、痛々しく腫れていて長い間泣いていた事が分かった。
どうしたのかと聞くと彼女はなにも言わなかった。
また会った。
次は駅前のパン屋さん。
僕が気に入っていてよく行くところだ。
偶然だった。
また会った。
次は電車の中。
いつも僕が登校に使う電車。
きっと偶然。
また会った。
4度目だった。僕の学校に転校してきた。
運命だと思ったが気恥ずかしくて声をかけられなかった。
またまた偶然。
休日彼女に会った。
さすがによく会う。気が合うのかもと思い勇気を 出して連絡先を交換した。
今思うとこれは偶然ではなかったのかもしれない。
何度も会って遊びに行った。
デートってものにも行った。
なんども告白をした。でもその度に迷っているようだった。迷って迷って、結局「無理」だけいって断る。
さすがに何度も振られれば諦められると思った。
でも諦められなかった。
そしてあの日。
初めて会ってから一年がたった。
2人で夏祭りに行った。
彼女は長く美しい髪をバッサリ切っていた。
長い髪もよく似合っていたが短いボブもとても可愛かった。
彼女は綺麗な浴衣を着て照れているようだった。
花火が打ち上がって彼女の横顔がカラフルに光った。
なんだか気恥ずかしくて彼女の顔を見ることができなかった。
夏祭りが終わってしばらくして先程まであんなにも騒がしかった広場が少し静まっていた。
彼女は「楽しかった」と言っていた。
満足そうにニヤつく顔が彼女の心をそのまま表したみたいでとても嬉しかった。
僕もニヤつくと「なに笑ってんの」と文句を言われた。
それでも彼女は楽しそうだった。
家に帰ろうと分かれるとき彼女はこっちを向いていった。
「じゃあね」と。
そう言いながら笑う姿は今にも消えてしまいそうで
危ういようだった。
可愛いのにとても不気味というか、なんだか嫌な予感がした。
僕は「またね」と手を振った。
彼女は寂しそうに笑った。
「またね」と言い返すことはなかった。
もしかしたら彼女はこの後に起きることを知っていたのかもしれない。
彼女の家が火事になって、彼女が亡くなったことを知ったのはそれから何日かたった頃だった。
彼女は何か知っていたのかもしれない。
自分が死ぬことも、僕の事も。
もし、もしも別の世界線があって。
あるいは彼女が過去に戻って来ていたなら。
その世界で僕と付き合っていたなら。
全てを知っていてもおかしくない。
いま思い返すとなぜか納得できる。
初めてあった日泣いていたのは僕と再会したからで。
よくあっていたのは偶然ではなく、僕の事を知っていたからで。
告白をしても断るのは僕に悲しい想いをさせないためで。
そもそも戻って来たことを伝えなかったのは僕に
引かれたりすることが怖かったからで。
全て妄想だけどなぜか正しいと思う。
納得できない。信じたくない。
けど今までの日々が僕と彼女のために神が与えてくれた機会だったならありがたく思う。
でも僕は諦められないよ。
後悔だけが心に残ったままだ。
何年もたった今夏が来る度にあの日々の暖かさが、
後悔が蘇ってくる。
きっとこの想いは二度とと消えることはない。
「またね」
8/6/2025, 10:41:57 AM