かたいなか

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湿り気のあるそよ風が、すぐそこに台風が近づいてきていることを示しておりました。
このアカウントによく登場する、最近最近の都内某所、某稲荷神社敷地内の一軒家には、
八丈島や青ヶ島から、避難を希望してきた人外ども、特に稲荷神社に連なる眷属が、
身を寄せて、それぞれがそれぞれの宝物や大事な物だけ持ち出して、集まっておりました。

中には小ちゃい狐の体で、忘れられた神社から、御神体が壊されないように背負ってきたモノも、
1家族、複数匹、おったのでした。

伊豆諸島にホンドギツネは居ませんが、
伊豆諸島の稲荷神社に、稲荷狐は居るのです。

避難してきた眷属たちは、人間に化けておるモノも、人間に化けられぬモノも、ただ子供を除いて、
皆みんな、無言で一点を、じっと見ていました。

静寂の中心で音声を発しておるのは、
稲荷神社の宿坊の、大きい2台のテレビモニタ。
大人たちは、ニュースを観ておるのです。
あるいはその隣で、気象庁の会見の配信やら、八丈島のライブカメラの配信やらを、
それぞれ、観ておるのです。

楽しそうにしておるのは子供だけ。
東京の大きな稲荷神社の宿坊で、今日と明日と明後日、みんなでお泊まりするのよ。
朝から準備して、船に乗るなり飛行機に乗るなり、
狐の秘術を使うなりして、酷く急かすお父さんお母さんに連れられて、
都内某所、某稲荷神社の宿坊に、チェックイン。

稲荷の眷属の子供たちは、皆で仲良くはしゃいで跳んで、狐ずもうをしたりして、
台風のことなんて、ちっとも知らぬのでした。

だって、これから3日間、自分の島の外の子狐たちと一緒に遊んで、一緒に寝て、一緒に美味しいごちそうを食べるのです。
噂では、それぞれの眷属たちがそれぞれの島の特産品を持ち寄って、しかも避難先の稲荷神社に雪国和牛がどっさり残っておるので、
今日は稲荷の神様に、たんと豪勢なお供え物ができるとのことでした。

稲荷神社の宿坊の、座敷の静寂の中心で、
伊豆諸島から避難してきた大人たちは、ライブカメラの配信映像に見入っています。
音を出しておるのは、テレビモニタだけです。
皆みんな、無口です。
大事なもの、宝物、場合によっては今現在所有している肉体より大事なものを全部持ってきて、都内の安全な宿坊まで避難は完了しておるものの、
やっぱり、心配なのです。

元気なのは子供だけ、子狐だけ。
今は狐ずもうから、別の遊びにチェンジの様子。

「世界線管理局」なる「ここ」ではないどこかの世界の厨二ふぁんたじー組織の法務部局員が
すごくベストタイミングで複数名来ておって
そのうち1名——もとい、「1匹」が
まさかの言葉を話す不思議なハムスターなのです!

「助けて!たすけて!くわれるッ!」
ぽふん、ぽふん。
目眩ましのようにキラキラ花粉パウダーを撒き散らして、法務部局員ハムスター、必死に逃げます。
「まて!」
「まてー!」
「つかまえろ、つかまえろー!」
避難組子狐ーズと避難所在住子狐は尻尾をピンとして、全速力で「ネズミ」を追います。

ハムスター以外の法務部局員たちは、今日の避難所ディナーの調理をお手伝い(ほぼ強制)。
だぁれも助けに来ません、もとい、来れません。

キノコの下処理だの肉の下茹でだの、あれよあれよと指示されて、いずれにも抵抗できないのです。
うーん。人づかいが荒いですね。
「えいやっ」
「ギャーーーー!!!」

とうとう法務のハムスターは、子狐ーズの狐パンチでノックアウト、からの吹っ飛び場外。
「り、りふじん……だ……」
大人たちがモニターを観続ける静寂の中心で、
ぽてっ、きゅぅ。満身創痍しておったとさ。

10/8/2025, 9:46:45 AM