長月より

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「見てほしいものがある」

 そう言われて放課後、宮川翔吾は高宮早苗の家に訪れていた。早苗は翔吾を自室に案内するとゴソゴソと部屋の隅に置いてあった段ボール箱を開けて何かを探し出した。

「これだよこれ。見てくれよ」

 そう言って差し出されたのは、十数冊のノートだ。よく中学生や高校生が使っていそうな、なんの変哲もない大学ノート。翔吾はその分厚い束の一番上のノートをとってペラペラとめくった。日付と曜日の下に文字が羅列されている。どうやら日記のようらしい。

 日記の内容は主に、今日あった出来事だった。ただ、たまに「つまらない」とか「おもしろくない」と書かれている日が目に入る。後半に至っては、そういった内容のものが増えた。進めば進むほどただただ不安を書き連ねた日記帳になっている。

『自分は、ここを卒業して、うまくやっていけるだろうか。友人はできるだろうか。もう熱で学校を休むことは無くなるのだろうか。叶うのであれば、高校はおもしろくてたくさん笑えていい思い出になるものであって欲しい』

 最後はそう締めくくられていた。普段の明るい早苗を見ている翔吾からしたら、それは本当に弱っている文章のように見えた。翔吾はノートから顔を上げて早苗の方へ目を向ける。

「これは僕が中学卒業まで綴っていたやつだ」

 とつ、とつ、と、早苗は静かに笑いながら話し出した。なんでも、中学入学から卒業までの三年間、ほぼ毎日認めた日記らしい。この前部屋の掃除をしていたら見つけたようで、つい懐かしくなったから見せたくなったのだという。

「でも、笑っちゃうだろ? 僕は中学を卒業するまでこんなにも不安を抱えていたんだな」

 不意に、早苗の表情が、苦笑いになった。翔吾はもう一度ノートに目を落とす。よく見ると、涙が落ちて乾いたのかもしれない、まるいしみのようなものがあった。そこだけ紙の質が微妙に変わっている。

「で、これを俺に見せてどうしたいんだよ?」

 翔吾は首を捻りながら早苗に聞いた。こんな、今の自分のイメージとは異なる弱みとも取れるものを見せるのだ。何かしたいことがあったから見せているとしか思えない。

「手紙を書きたいんだ。昔の自分に。君の考えはすべて杞憂だ。安心して行くといい、とね。それで君にも一言書いて欲しいんだよ」

 早苗はトントン、と、最後の日記の横にある空白をたたいた。ここに二人で書こうじゃないか。そう言っている早苗の声は、優しい声だった。

5/24/2023, 11:53:29 AM