ぽつりぽつりと空から雫がたれる。
1粒、また1粒と落ちてきたかと思うと、
それまでの均衡が崩れてしまったかのように
ざあざあと音を立てて沢山降ってくる。
ああ、土砂降りだ。
この季節はあまり好きじゃない。
春と夏の境い目、梅の実が育つ季節。
雲は重たく膨らみ、今にも落っこちてしまいそうな、
どんよりとした天井。厭になる湿気。
子供の頃は雨も嫌いじゃなかった。
自然の鏡みたいな水溜まり。傘、窓、屋根を叩く雨音。
非日常がそこら中で音を立てて呼んでいた。
慣れというのは感覚を鈍らせる。事象の源泉を見つけなくとも、
ただそうあるということをありのまま受け入れてしまった時点で、
それは日常となってしまう。
いつの日か雨は髪を、服を、何か大切なものをびしょびしょに濡らしてしまう敵となっていた。
意識的に避けねばならぬ存在になっていた。
ある夢を見た。田舎暮らしをしていた、子供の頃の夢だ。
家にはこじんまりとしているが、しっかりと手入れのされた庭があった。
そこには立派な梅の木があり、春先には美しい花弁を飾り、梅雨には綺麗なまん丸の美をつけた。
大人たちは綺麗になっている梅の実をいくつか持って行き、梅酒にするんだというのだからこんなに綺麗な実をとるなんてといつもどこかもやもやしていた。
雨が屋根を鳴らし、梅の実が雨を浴びている。
僕は縁側で少し雨を顔に浴びながらそれを眺める。
家族に雨が入るからやめなさいと制されても微動だにしない。
家族もそれを割って入って止めることはない。
素敵な時間だけが存在している。
空間には私と雨と梅しかいない。
3人だけの時間が空間を形成し、それぞれをそこに留めている。
いわゆる杭みたいな存在こそが梅雨だ。
僕は梅雨が好きだった。
夢から覚めるとほとんど何も覚えていない。
雨と片田舎の実家と、気分の悪い夢を見たようだ。
昨晩少し飲みすぎたか。
ふと外を見やると立派な梅の木が立っていた。
ああ、君もそうか。
雨が屋根を鳴らす。
窓越しに梅の木を眺める。
あの時間が、
あの空間が、
確かに今だけはここにあった。
ざあざあと。
#梅雨
6/1/2023, 11:20:37 AM