お題『時間よ止まれ』
「はぁ〜、全然作業終わんない……一旦時間止まってくれないかなぁ……」
蓋を閉めた最後の小瓶を棚にしまい、疲れきった腕を伸ばして独りごちた。一つの調合が終わるとどうなるか。そう、次の調合が始まるのだ。
今日は日が昇る頃には作業を始めていたのに、日が落ちようとしている今になっても山積みになった仕事は未だに山のままである。悲しい。
山になるまで向かい合わなかったのは自分なので自分を恨むしかないのだが、それはそれとしてこうも言いたくなる量だ。時間が止まってくれたなら、その間に休憩も、趣味の調合だって挟めるのに。
「それさ、いつも不思議なんだけど、どうしてみんな『時間は進むもの、だから止まるはず』だって思うんだろうね?」
と、独り言に返事が返ってきた。驚いて振り向けば、思った通りの相手と目が合う。
闇色のローブに身を包んだ彼女は、相変わらず足音のしない歩みでこちらに近寄ると、私の隣でこてんと首を傾けた。
「動いているのは私たちの方で、時間は初めから動いてなんかいない可能性だってあるはずじゃない? そもそも、時間なんて本当に存在するのかな?」
私は思わず半目になって彼女を見つめる。
「……それ、いつも時間を止めまくってる時の魔法使いさまが言います?」
「あっはっは。……あだっ!」
なんか笑っている不法侵入者の脇腹を肘でどついた。どつかれた側は両手の人差し指を合わせながら「だってあれは厳密には違うっていうか……概念を無理やり貼り付けて固定してるだけだし……」などと難しそうなことを呟いている。
この偉大な魔法使いさまは私の友人だ。時間にまつわる魔法を使える数少ない魔法使いであり、それを使いこなす魔力と実力の持ち主。
にもかかわらず、暇になると平凡な薬屋である私の元へ遊びに来て、満足するまで居座っていく。多分、あまり友人が居ないんだと思う。
「暇なら手伝ってよ。時間止められるんだし」
私は机に戻って依頼書と調合レシピを手に取り、ゆらゆらと退屈そうにローブの裾を揺らしている友人に振り返った。けれど彼女は「えー」と顔を顰める。
「寂しいから嫌。止めている間はひとりぼっちだもん」
「じゃあ、止めなくてもいいから手伝ってくれない?」
「君が作業しているところを見てるの、好きなんだよねー」
「……よかったね、好きなだけ見ていられるよ」
にこにこと楽しげに微笑む友人の前で、私は肩をすくめた。
まあ、私が溜めた仕事に彼女は関係がない。たとえ彼女がこの程度の調合なら軽々熟してしまうくらいの人物だとしても、いよいよ日が落ちちゃって時間がキツいとしても。ここ最近作業が滞った原因が彼女とのティータイムだったとしても、それはそれだ。
全て私が引き受けた仕事。私がやり切らなければと気を引き締め直して、必要な材料を集めながら大鍋の元へと向かう。
「私だけじゃなくて、君のことも切り取れるくらい便利な魔法だったなら、止めちゃうのもやぶさかではなかったけどね」
「……ん? 何?」
途中、友人が何か言った気がしたので聞き返したけれど、彼女はただ「なんでもないよ」と笑っただけだった。
「んー、やっぱり私も手伝おうかな」
「えっ本当? 後でケーキ奢る!」
「やったー!」
9/20/2024, 12:04:27 AM