かたいなか

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「一瞬俺は悪くねぇRPGのキャッチコピーかなと思ったけど、あっちは生きる意味を知るじゃなくて生まれた意味を知るだったのな」
玩具として生まれたウサギとトラを魔改造する番組をBGMに、某所在住物書きが頬杖をつく。
モニターには、原型からかけ離れた兎虎コンビ。彼等の生きる意味とは何ぞやと、別に気にはしていない。

「で、生きる意味?食い物だろ?俺ぶっちゃけ……」
ぶっちゃけ、存在意義とか生存意味とか気にしてないし。そう続ける前に、物書きは番組のナレーション音声が某少佐やエルフ耳の魔女であることに気付き、完全に視線をそらして玩具のレースを観始めた。

――――――

今日も今日で先輩が溶けた。
「こうはいよ。わたしはどうやら、ここまでらしい」

職場の先輩本人が言うには、「雪国の田舎生まれだから」。根っこに最「高」気温氷点下の冬があるから、20℃超えの4月はとてもしんどいらしい。
先週もたしか火曜日、18日あたりで散ってた。
「わたしがしょくばの、つゆときえたら、かわりに、あのクズじょうしを、せいばいしてくれ……」
十数年東京で仕事してる先輩の、それでも暑さに即応できず机でへにゃんとしてるのが、春の風物詩だ。
今日含めて、これからずっと真夏日スレスレだから、そろそろ暑さに慣れないと、先輩は溶ける通り越してきっとお湯だろう。

「先輩、私新人ちゃんの仕事チェックとゴマスリ係長の押し付けクソ案件どっち先やれば良い?」
「ぜんしゃ」
「ゴマスリの案件は?どうする?」
「わたし」
「先輩そのデロンデロンで仕事できるの?」
「やる。なんとかする」
「そうやって自分ひとりで仕事持ち帰って朝夜詰めるから体壊したんでしょって。先々週。13日」
「んん」

いつも淡々と仕事してて、真面目で、優しくて、
『頼む。やめてくれ』
今朝、私が古傷を攻め過ぎちゃった先輩。
多分すごく傷つけちゃったと思う。
『あのひとの話は本当に、本当にまだ苦しいんだ』
怪物と戦う者は、その過程で自分も怪物とならぬよう注意せよ。
先輩が朝言ってた、ニーチェの『善悪の彼岸』が、まだ頭に残ってる。
先輩の心をズタズタにしたっていう「初恋の人」を、ただ懲らしめたくなっただけだったのに。その私自身が、おんなじように、先輩の心を刺してしまった。

それでちょっと落ち込んでたのに、先輩のこの、そんなこと無かったようなデロンデロンは一体何だろう。

「先輩。せんぱい。コーヒー」
本格的にお湯になり始めた先輩がいたたまれなくて、休憩室の共用冷蔵庫から氷とグラス取ってきて、アイスコーヒー入れて先輩に渡すと、
「たすかる。……ありがとう」
すっっごく救われたような、それこそ今朝の傷心なんて無かったような感謝の顔して、
先輩は、コーヒーをイッキに喉に流し入れた。
「これのために、私は生きていると思う……」

「先輩大げさ」
「いや事実かもしれないぞ?所詮仕事は飯のためだ。ならこのコーヒーも」
「本。花。旅行。先輩は興味無いだろうけど推し活」
「あっ」
「ほら大げさだった」

4/27/2023, 12:15:41 PM