弥生

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【確率】

地面がゆれた。
砂ぼこりが舞う中で、よろけるように走った。
お母さんがぼくの手をひっぱり、逃げ道を必死に探していた。

お腹がすいた。

とても苦い草をなんとか口に押し込んでからだいぶ経つ。

のどが渇いた。

雨が久しく降っていなかったので溜まり水を飲んだけど、
じきにまたお腹が痛くなってくるに違いない。

息を切らしながら──目の前に倒れ込んだ。
すぐに温かいお母さんの手が伸びてきてぼくを包む。


ぼくが生まれる前からこの国は戦争をしていた。
周りの国が首を突っ込み、ますます悪化していった。

食べるものも飲むものも事欠く中では、
住むところも着るものもどうでもよくなっていた。

お母さんが泣いてぼくをさすってくれた。
赤いぶつぶつがいっぱい腕に出ている。
体中が熱い!
まだ小さかったぼくには大人ほどの体力が無かったのだ。

深く、深く息をしてから静かに目を閉じる。
そして生まれて初めて──爆撃音の無い静かな世界を知った。


…どうしたことだろう。


しばらくしてぼくは目を開けた。
空を昇ったぼくは、下に小さな骸と泣き叫ぶお母さんを見た。

それから、戦争をしていない豊かな国の人々の声が聞こえた。
「なんで他の国にお金なんか寄付するの?」
「自国民を助けるのが先だろう?」


空にはたくさんの人がいた。
ふわふわの雲の上でだれもがふわふわと歩いていた。
ここは天国かと尋ねると、違う、とその人は応えた。
ここは天国に行く前の世界で、この先どうするのか決めるところだと言われた。

「君はずいぶんな目に遭ったみたいだね?次は天国に行きたいかい?」
そう聞かれたので、
「ぼくはまた人間に生まれたい」
と言ったらその人は目を丸くした。
「どうして?」
「だって、お母さんにまた会いたいから」

その人は小さく笑って言った。
「人間に生まれるのは…難しいんだよ」
「そうなの?どのくらい?」
ぼくは尋ねた。
「”盲亀浮木(もうきふぼく)の譬え”というのがある。
 100年に一度海面に上がる盲目の亀が、たまたま流れてきた穴の空いた浮木に頭を通す
 …そのくらい難しいんだ」
「ふうん。じゃぁうんとうんと待てば、いつかは人間になれるんでしょ?」
「そうだね、確率はゼロではないね」
「じゃぁ、人間になれるまで待ってる」

その人は上を見て、次にぼくを見てから再び笑って言った。

「君がまた人間に生まれたい、と言う確率もまさに盲亀浮木のごとくだったんだけどね」
そして僕の肩に手をかけて続けた。
「では天国に行きなさい。次に生まれるその時まで、楽しく遊んでいらっしゃい」

柔らかな光がぼくを包み、一緒に更に上へと昇っていった。

最後にその人の声が聞こえた。

「人間に生まれるのは、ほんと難しい──”有り難い”ことなんだよ」

1/26/2026, 12:37:02 PM