「はぁっ……はぁっ………」
ただひたすら走っていた。
闇雲に。どこに向かっているのかは分からない。
周りを見ても何も見えず、遠くに見える光を目指して走り続けていた。
後ろから追いかけてくる、〝何か〟から逃れるように。
自分の呼吸の音だけが聞こえる。
どれだけ走っただろうか。
心臓がドクドクと脈打っていて、足も重くなってきた。
もう限界は近づいているのに、止まることはできない。
後ろの〝何か〟に対する恐怖心が、今の自分を動かす動力となっていた。
「はっ…………ぐっ……」
歯を食いしばる。
汗が顔を伝い、喉はカラカラに乾いていく。
もしこれが、学校の体育の授業ならば迷いもせず止まっていただろう。
しかしこれは、体育の授業では無い。
体育の授業ならどれだけ良かっただろうか。
後ろの圧迫感がどんどん強くなっていく。
どんどん距離を詰められている気がする。
何がいるのか、全く分からない。
ただ少なくとも追いつかれた後、無事でいられる気はしなかった。
ドッ。
音がした。自分の下から。
「は、」
音がしたと同時に、ふわりと浮いた。
いや、浮いたのではなく、着くはずの地面がなかった。
「なっ、あぁっ!?」
変な声を上げながら下に落ちていく。
見えないどこかへ落ちていくほど怖いものは早々にない。
ドサッ。
すぐに地面の感覚がした。
体制を崩したため腰から仰向けに落ちたが、穴が浅かったのだろう、さほどのダメージにはならなかった。
深い穴で無いのなら、もしかしたら手の感覚だけで上がれるかもしれない。そう思って起き上がろうとした時だった。
起き上がれない。
と同時に、お腹の上に重さを感じる。
_________体の上に、何かが乗っている。
冷や汗が伝う。
何も見えない。しかし、息遣いは聞こえる。
今目の前にさっきまで後ろにいた〝何か〟がいるのだ。
モゾモゾとお腹の上で動いている。
体が動かない。
徐々に顔に近づいてくる。
顔なのか、はたまた手なのか、それともそれ以外か。
そもそもこの上にいるものは生き物なのか。
得体の知れない〝モノ〟が自分に触れようとしている。
死を覚悟した。
ゴンッ。
鈍い痛みで意識を取り戻す。
真上には見慣れた天井。自分の部屋だ。
ベッドから頭を下にした状態で落ちたのだろう、まだ足だけかろうじてベッドに乗っていた。
「ゆ、め?」
吐き出すように声が出る。
ふと、夢の中で重圧を感じていたお腹の方を見ると、すやすやと眠る愛犬の姿があった。
「な、んだ……お前かよ。」
全身の力が抜けていくのを感じた。
そばの少し空いた窓から、風が入る。
寝汗をかいたのか、少し涼しく感じた。
風に揺られ、壁にかけてあった日めくりカレンダーがなびく。
そこには、〝月曜日〟という文字があった。
#ただ、必死に走る私。何かから逃げるように。
5/30/2023, 11:24:24 AM