"遠雷"
何処かで、低くこもった音がする。
真っ暗な窓の向こうでチカリと何かが瞬いた気がして、自席に向かう足をふと止めた。
窓を開けると、まだまだ暑い空気が湿気を伴って流れ込んでくる。
折角冷房効いてるのになんで窓を開けるんだよ、という同僚の非難を無視して耳を澄ませた。
風に乗って聞こえてくるのは、遠雷のような打ち上げ花火の音。
そう言えばもうそんな時期だったか。
毎年、花火大会開催のチラシを目にしているはずなのに、この音を聞いてようやくその存在を思い出す。
後ろからヒョイと顔を出した同僚の一人が口笛を吹いた。
「お、花火か。良いねえ。丁度キリいいし、あとは明日に回して観に行くか」
いそいそと片付けを始める姿に周囲からブーイングが巻き起こる。
「仕事を切り上げて遊んでたなんて知られたら、また奥さんの雷が落ちますよ」
「バレないバレない。落ちるか分からん遠い未来の雷より、現在の花火が大事だろ。あとビールと屋台飯。
……よし終わった、じゃあお疲れ〜」
野次が飛んでもなんのその。
鼻歌混じりに去っていく姿に、残った面々で顔を見合わせた。
「あいつ、死んだな」
「絶対バレるだろ。というかオレが密告してやるから怒られろ」
「俺も花火観に行きたいのにずるい」
騒ついた室内の空気に溜め息を吐き、開けた窓をパタンと閉じる。
「帰れる人は早上がりしたらいいと思うんですが。
まだ帰れない人も多いでしょうから、こっちはこっちで休憩がてら花火鑑賞しましょうか。
屋上の使用許可取ってきます。ひと段落着いた人から食べ物・飲み物持参で上がってきて下さい」
そう言うと、歓声が上がった。
8/24/2025, 5:49:50 AM