かたいなか

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「なかなかに、アレンジのムズいお題よな……」
街の明かりって。「ド田舎は街灯が少ないので夜暗い」とか、「店の明かりを見ると◯◯を思い出す」とか、そういう系想定のお題かな。某所在住物書きはガリガリ頭をかきながら、天井を見上げ息を吐いた。
固い頭の物書きには、少々酷な題目であった。
「花火とか工事中の火花とか、今は法律等々が絡むだろうけど焚き火とかも、『街の明かり』、か?」
わぁ。考えろ考えろ。強敵だぞ。物書きはポテチをかじりながら、懸命に頭を働かせる。

――――――

「ふんふん。天の川は、2025年の、9月8日丑三つ時がねらいめ。おぼえた!」

昨日は七夕でしたね。せっかくなので、こんなおはなしをご用意しました。
「天の川、あまのがわ。たのしみだなぁ」
最近最近の都内某所、某稲荷神社敷地内の一軒家に、人に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が家族で暮らしており、その内末っ子の子狐は、花とお星様がとっても大好きでした。
「きっと、すごく、すごくキレイなんだろなぁ」
でも子狐、「満天の星」を知りません。天の川も、見たことがないのです。
子狐にとって、夜の明かりは街の明かり。建物の照明に街灯のLED。それから標識にスマホのライト。
絶えず光の溢れる東京から、一歩も出たことのない子狐。真っ暗を必要とする星空を、その極地と言える天の川を、写真や絵本でしか見たことがないのです。

そこに「天の川が見られるかもしれない」と重要情報をブチ込んできたのが、母狐経営の茶葉屋さんに昨日お茶っ葉を買いに来たお得意様。
カイキゲッショクは地球が太陽の光を云々で、かんぬんで、モニョモニョなので、場合によっては天の川が見られるかもしれないらしいのです。
真っ暗な場所、可能なら山の上が望ましいとのこと。
子狐はこの情報を、お気に入りのクレヨンで、小さなメモ帳にぐりぐりぐり。すぐさま書き込みました。
「でも、まっくらな場所ってどこだろう?」

コンコン子狐、2025年の場所探しのため、人間にしっかり化けて夜の東京を巡回します。
「ビルの屋上は、ニンゲンが怖いから行けないや」
7月の熱帯夜続く東京。今夜は雨の予報です。
「お店のスキマは、くらいけどお空が見えないや」
アジサイのデフォルメをあしらった水色の傘に、同じ水色のかわいい長靴。絵になりますね。
「お寺も神社も、意外と、らいとあっぷ」
どこもかしこも、LEDに液晶モニタ。たまに悪い車のイジワルハイビーム。
街に明かりがあちこち溢れて、コンコン子狐、暗い東京を見つけられません。
しまいに子狐疲れてしまって、大狸の和菓子屋さんで、七夕あられの値引き品を3袋買ってから、お家に帰ってゆきました。

「東京で、くらいところ探すの、むずかしいなぁ」
1袋は自分用、残り2袋は大好きな父狐と母狐と、おじいちゃん狐とおばあちゃん狐へのお土産、
の筈だったのですが、道中子狐、あられがおいしくておいしくて、全部食べてしまいました。
「ととさんと、かかさんなら、知ってるかも。ととさんとかかさんに、聞かなくちゃ」
かわりに最近越してきた魔女のおばあさんの喫茶店で、お星様のクッキーボックスをお買い上げ。花咲きキノコ並ぶ、森深い夜の神社に帰ってゆきました。
神社はいつか昔の東京をうつして、涼しく、暗く、優しく、子狐を待っておりました。
おしまい、おしまい。

7/8/2023, 10:56:30 AM