名前の無い音

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『なくしもの』


こんなにも ワンルームの部屋が
樹海のように 感じたことはない

無い
あるべきものが 無い

つまり これは……
な く し た ? ? ?

二人で一緒に選んだ
私の誕生石が入った 指輪
付き合いたてのころに 買ってもらって
ずっと ずっと大事にしていたのに

無いのです!
どこにも 無いのです!
事件です!

昨日は
彼が遊びに来て ご飯を作って 二人で食べて
そのあとゲームをして
結局 遅くなって 泊っていったけど

今日は 用事があるからって言って……

彼が家を出るとき 私 まだ寝ていて
何か言っていたけど よく聞こえなくて
寝てていいよって 戻って来るねって
言われたような……


それより 指輪よ!
昨日 どこに置いた?

そうそう ご飯作るときに外したのよ
あ!冷蔵庫の脇の棚のとこ!
あそこに……

行ってみたけど ありませんでした
もう わたしは一体 どこに置いたのよ!

何度もルートを辿ってみる
冷蔵庫からソファーまで
ありそうなところは 全部見た

洋服のポケットも 全部見た
机の下も テーブルの下も
這いつくばって見た

お風呂とか トイレとかも見た
冷蔵庫の中も ゴミ箱の中も全部見た

無い……

(嘘だ……
 もう ホント 世界終わったわ……)

この世の終わりですよ

悲しさと 申し訳なさとが 込み上げてくる

どうしよう 本当に大切なものだったのに
彼に 何て言ったらいいんだろう



「ただいま〜…って、どうしたの?
何かあったの?」

彼が戻ってきた
家の中 荷物をひっくり返し
汗だくで探し物をしていた 私の頭は
ぼさぼさになっていた

「……ごめんなさい」
「どうした どうした?
この世の終わりみたいな顔してるけど」

私は 正直に伝えた

「終わりだよ……無くしちゃったの……」
「何を?」
「……指輪」
「え?」

彼が驚いた

あぁ それはそうだろう
あんなに大事にしていたのに
肌身離さず ずっとつけていたのに

「聞こえてなかったの?」

そう言うと 彼は ほんの少し ほんの少し
笑っていた

「どういうこと?」
「僕 出るときに『ちょっと指輪借りるね』
って言ったんだけど」
「え???」
「ちゃんと『いいよー』って言ってたよ」

聞いてない……というか 言った記憶も無い

「でも なんで? 指輪なんか必要なの?」
「…………」

少し悩んでから
彼は 私の両手をとって
こう言った

「プロポーズくらい……
ちゃんとさせて欲しかったんだけどなぁ
今 ここで 続き聞いちゃう?」

彼は半分笑っている

「指輪のサイズをね ちゃんと調べたくて
ちょっと借りたんだ」

そして 私の薬指に あの誕生石の指輪を
そっとはめて 返してくれた

「ほんと 世界の終わりみたいな顔してたよ?」
「それはそうだよ この指輪無くしたら
私の世界終わるもん」
「じゃあ 無くしてなくてよかった 世界も続くね」
「よかったよぉ」

戻ってきた指輪を眺めると
きれいに磨かれてあった

「じゃあさ 僕と
ちょっと新しい世界を受け取りに行こうよ」
「どういうこと?」
「いいから いいから ほら 着替えて!」

ぼさぼさの頭を ぽんぽんと叩かれて
急かされる

どういう意味?
私の頭には???がいっぱい浮かんでいたが
彼は なにやら楽しそうだ

彼が幸せそうなら 私も幸せなんだ
それでいい それがいいや


あなたと 新しい世界の始まりを……


6/7/2022, 5:14:38 PM