マナ

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「お見合い…ですか?」

ティーカップを口に運ぼうとしていた小鳥は、一旦カップをソーサーに戻し、父・西園寺鷲智に尋ねた。

休日のティータイム、珍しく家族揃って団欒の時間を持てると思ったら、こんな話題を出すなんて。

メイド達が焼いてくれたスコーンを頬張りながら、鷲智はすげなく答える。

「何も卒業したらすぐに結婚しろと言ってるんじゃない。卒業後は好きな大学に入って好きな研究をしたらいい。だが、小鳥には、西園寺家の直系としての役割を忘れないでほしくてな」

いわゆる政略結婚だ。

小鳥はきゅっと唇を引き結んだ。

「さすがに時代錯誤ではありませんか?今どき血縁なんか無くたって、業務提携して面白い事を始めてる所はそこそこありますよ」

兄の鷹取がふーっと溜め息をついて、ティーカップをソーサーに置いた。

紅茶の香りに対してか、それとも父の発言に対しての溜め息なのか、判別はつかない。

そっと鷹取が小鳥に視線を送る。

"異論が有るなら、自分の言葉で言うべきだ。"


分かっている。

西園寺家の長女として生を受けたからには、恵まれた環境を享受している立場にある者は、己が役割として、ひとの見本となり、社会の礎になるべきであると。

生前、母がよく小鳥に説いていたのだ。

四歳の小鳥の小さな手を優しく握って。


小鳥は居ずまいを正すと、鷲智を真っ直ぐに見据えた。

「お父様、私は学生の身分で婚約するなんて、前向きには考えられません。私が卒業するまで、相手方の時間を奪うことにもなります。それはお互いにとって、残酷な選択に思えてなりません。添い遂げる方としこりを残すような関係にはなりたくないのです。」

それに…。

小鳥は言い終えると、鷲智の言葉を待った。


鷲智は、じっと小鳥を見つめた後、深く息を吐いた。

珍しく葉巻に手が延び、咥えたところで、はたとライターを擦ろうとする手を止めた。

「燕が、小鳥によく話してくれたことがあっただろう。覚えているか?」

西園寺燕は、小鳥が幼少期の時に亡くなった実母の名だ。

小鳥は黙って頷いた。

「まぁ、いい。少し時間を置いて考えよう。」

鷲智はそう言うと、ガラス戸を開き、外靴に履き替えたと思えば、

「少し園庭を散歩してくる」

と、すっと影が地面を滑るように、足音もなく歩を進めていった。


「自分勝手なのか、過保護なのか、よく分からないね。うちの親は。」

わずかな時間、鷲智の背中を見つめたあと、鷹取は肩をすくめて小鳥に同意を求めるように言った。

小鳥は答えず、すっかり冷めてしまったティーカップに視線を落とし、琥珀色の液体に映る寂しげな自分の顔を見つめた。



「小鳥様、いかがなされましたか?」

生徒会役員の会議が終わり、資料の片づけをしていると、他の教室に借りたホワイトボードを返してきた入江虎太郎が小声で尋ねてきた。

来た。

虎太郎は幼馴染み兼、小鳥の護衛(見習い)であるだけあって、小鳥のわずかな変化を敏感に察していた。

流石ね、虎太郎さん。

虎太郎に尊敬の念を抱きつつ、小鳥は何でもないように笑顔を向けて答えた。

「私はいつもどおりよ?」

虎太郎が怪訝そうな顔をする。

「しかし…」

虎太郎は口の中でもごもごと言うと、頭を掻いて視線を外した。

困った時の癖だ。

長い付き合いだからこそ、知り得る癖だ。

小鳥はふふっと笑うと、虎太郎を見つめて言った。

「いつも心配してくれてありがとう」

相変わらず、虎太郎の顔には?が描いてある。

これからも、ずっと、この関係を続けていけたら…。

その、もしもの願いを、小鳥は胸に仕舞って立ち上がった。



#これからも、ずっと

4/9/2024, 10:12:09 AM