〈冬へ〉
進路アンケートって、なんであんなに白紙がまぶしいんだろう。テスト用紙もまぶしいけど。
今日のホームルーム、とりあえず短大とか、専門でいいかーとかみんなサラッと書いてるふりして、実はめっちゃ迷ってるの知ってる。
ウチは名前だけ書いて、時間切れのチャイムが鳴った。
家に帰った瞬間、ママの探知機が作動する。
「まひる、進路の紙、出したんでしょ? 何書いたの?」
「……別に」
「別になんて言わないでよ。来年は三年なんだから、ちゃんと将来を」
はい出ました、“将来”。見えるわけないじゃん。
その言葉のトゲに耐えきれず、ウチは上着だけつかんで家を飛び出した。
玄関を出た瞬間の冷たい空気、もう冬ってヤツ?胸のモヤモヤまで冷やしてくる。
そのままバイト先のコンビニへ行くと、店長がレジ裏でおでん食べてた。
「まひるちゃん、新しい商品試食試食!
若い子の意見聞かせて!」
大学生の先輩はカップ麺。また昼抜きでここで食べてる?
むすっとして、いつもの調子が出ない。店長はその辺に敏感だ。
「まひるちゃん、顔、今日いつもより険しいよ?」
「……親とさ。進路のこと言われて」
店長の声に、つい弱音を吐いてしまった。
「考えられないよ。ウチ、頭悪いし、大学とかムリだし」
言ってから、ちょっと泣きそうになった。自分でもびっくりするくらい。
「あー、あるあるそれ。冬ってそういう季節だし」
先輩はマジで落ち着いてる。カップ麺すすりながら。
「俺なんか、高二の冬で方向転換して、高三の夏休み前までなんも決まってなかったもん」
「え、ウソ。先輩って優等生っぽいのに」
「いや、全然。迷って、逃げて、ギリギリで決めた。担任にはせかされ、親には怒られっぱなしだったよ俺」
カップ麺の汁飲み干して、菓子パンに手を出しながら先輩は言った。
「“冬来たりなば春遠からじ”って知ってる?」
「それポエムっすか?」
「違うって。元はイギリスの詩人」
「へー、中国の故事だとか思ってた。さすが文学部」
店長がちゃかすけど、先輩は続ける。
「冬はしんどいけど、そのあと春が来るんだよ。
今つらくても、必ず越えられるって意味」
“必ず越えられる”。
そんなの簡単に言わないでよ、と思った瞬間、若者ふたりの会話を聞いていた店長が横でうんうん頷いてきた。
「まひるちゃんさ、気が利くじゃん。お年寄りにも人気あるし。向いてる仕事、きっといっぱいあるよ」
「……ウチの“向いてる仕事”って、なんなんですかね」
「それを探す時期なんだよ。進学でも就職でも、自分が何できるか知ってると強いからね」
“自分が何できるか”。
そんなの考えたことなかった。そもそも、考える価値ないと思ってた。
バイト終わりの外は、空気が冷たくて、息が白くて、街路樹のイルミネーションがキラキラしてた。
冬の夜って、なんか全部が透明になっちゃう感じがする。
ごまかせないというか、悩みの形がそのまま空気に溶けるというか。
──冬来たりなば春遠からじ。
先輩の声が、微妙にイケボで頭に残る。
ほんとに来る? 春。
ウチの人生にも?
次のバイトの日。夕方の混雑が落ち着いたころ、常連のおばあちゃんが来た。
「まひるちゃん、今日も元気ねえ」
「まあまあっすよ」
袋を渡すと、おばあちゃんはふわっと笑った。
「あなたね、本当に気が利くわよ。声も明るいし、丁寧だし。こういうお仕事、向いてるんじゃない?」
「え、ウチが……ですか?」
「そうよ。人の話をちゃんと聞ける子って、珍しいのよ。
それとね、あの……ポップっていうの?まひるちゃんが書いたんでしょ?」
おばあちゃんはニコニコ笑って、商品棚のポップを指差す。「若い子感覚で書いて~」と店長に言われて作ったヤツ。
「絵もあっていつもどんな商品なのかわかりやすいし、読むのを楽しみにしてるのよ」
その瞬間、頭ん中で何かがカチッて音を立てた。
凍ってた部分に、ちょっとだけ日が射したみたいな感覚。
もしかして──
ウチにも“向いてる道”ってあるの?
なりたい自分、探せばどこかにあるの?
外に出ると、冬の空気は相変わらず冷たかった。けど、不思議と胸のあたりは軽くなった気がする。
吐いた白い息が広がって、その先で街の光がぼんやり揺れてる。
冬はこれからやってくる。
でも、昨日よりはちょっとだけ、未来の方向が明るい気がした。
「……春、来るんかな。まあ……さっさと来てくれてもいいけど」
そんな小さなつぶやきが、白い息と一緒に夜に溶けていった。
それだけで、今日のウチは少しだけ救われた気がした。
──────
若い子の話し言葉がわからんです……
高二の冬に決めてた進路希望をひっくり返し、ギリギリまで志望校決めなくて怒られたのは私です(真似しちゃいけません
11/17/2025, 11:55:51 PM