ミミッキュ

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"キャンドル"

「はぁー、やっと終わった…」
 今日一日の全ての業務やら炊事やらを終わらせ、居室に戻り部屋の明かりをつける。
「みゃーん」
「んだよ。まだ起きてたのか?」
 ケージの中にいる子猫が鳴き声を上げる。ちらりと皿を見ると、完食したようで皿の中は空っぽだった。
「良かった…。今日も全部食べたか」
「みゃあ」
 漏れた安堵の声に呼応するように鳴く。 
 部屋に入り、サイドテーブルの上のデジタル時計を見る。PM11:38と示している。
「うわぁ…、今日も日付変更ギリギリ…」
 あとは寝間着に着替えて日記をつけて、ベッドに潜って眠るだけ。
 このところ、寝る前に読書する暇が殆どない。寝間着に着替えて日記をつけて、ベッドに入ったら瞼が重く意識も急激に離れていってしまう。
 寝る前に本を読むのは習慣で、ルーティンのような感じだったから、最近調子が少し悪いように思う。
──せめて別の方法で、少しでもリラックスしなくては…、また明日に響く。
 鍵付きの引き出しから日記帳と、卓上のペン立てからシャーペンと小箱から消しゴムを取り出すと、卓上の脇に置かれた小さな箱を手に取り、箱を開け中を取り出す。
 箱の中に入っていたのは、アロマキャンドル。この前通りがかった雑貨屋で見つけたのだ。とても良い香りで思わず買ってしまったが、いつ使おうか困っていた。
──丁度いい。今が使う時だ。
 卓上の引き出しからマッチが入った小箱を取ってマッチ棒を一本出し、小箱のへりでマッチ棒の先を擦り火をつけて、その火をアロマキャンドルに移す。アロマキャンドルに火が灯ったのを確認してマッチ棒を振り、棒の先の火を消して一度席を離れ部屋の明かりを消す。
 部屋の中が柔らかく暖かな橙色に照らされて、とても幻想的な空間だ。机に近づいて椅子に座ると、ふわりと優しい香りが鼻腔をくすぐる。
 日記帳のページを捲り、空白のページで開く。日記帳の上に、ゆらゆらと揺れる橙色がうつる。シャーペンを手に取って、さらさらと書き始める。
 優しい香りと優しい火のゆらめきで、先程までひりついていた心が少しずつ溶けて、落ち着いていく。日記を書く手も、心做しか滑らかに動いている気がする。
「……ふぅ」
 ペンを置いてペン立てに差して、日記帳を閉じ鍵付きの引き出しの中に仕舞い、鍵をかける。消しゴムも小箱に仕舞って、鍵をいつもの場所に隠す。
──今日はなんだか、気持ち良く眠れる気がする。
 席を立ち、ケージの中の子猫に「おやすみ」と言うと「みゃー」と返事をした。
 ふっ、と口角を上げるとベッドに入って瞼を閉じる。
 急激な意識の剥離とは違う。まるで暖かな水の中に揺蕩うような、そんな気持ちの良い感覚に包まれながら、ゆっくりと意識を手放して眠りについた。

11/19/2023, 12:32:59 PM