sairo

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指先が空を撫で上げ、つま先は地を抉る。
地を蹴り、空を求め彷徨うその様は、まるで踊っているかのように見えた。
実際、踊っているのだろう。雲を、雨を呼び寄せるそれは、雨乞いの儀で執り行われる人間の舞によく似ている。
遙か遠くの空に雨雲を見て、そのまま地に横になる。
見上げる空はまだ暗く、朝は当分来そうにもない、


「どうした?」

欠けた月をぼんやりと見つめていれば不意に月が陰り、見慣れた顔に覗き込まれる。
終わったのかと無感情に思う。出迎えるべきだったのだろうが、何故か今は何もする気が起きなかった。

「終わったの」
「そうだな。まだ遠いが」
「まだ続けるの?」

溢れ落ちた問いは想定外のもののようだった。当たり前か、と胸中で呟いて目を閉じる。
それが役目であり、そのため在る存在にいつまでと聞くのは詮無き事だ。

「どうした。何かあったか?」
「何も。ただひとりで行う事に意味があるのかなって。そう思っただけ」
「そうだな。皆いなくなってしまったからな。だがそれが役目だ」

優しく頭に、頬に触れる手は何一つ変わらず心地良い。

「丙《ひのえ》。こうして一緒にいられる事がとてもうれしい。でも一緒にいられる時間が長くなればなるほど、人間に必要とされなくなっている事を思い知って悲しいの」
「人はもう己一人の足で歩いていけるほどに、賢く強くなったのだ。その過程で不必要となったモノは消えるのが定めだろう」
「それならわたしが先に消えればよかった。辛《かのと》が残ればよかったのに」

消えた兄弟を思う。己とは違い役目に忠実だったのだから、己のように疑問など抱かず最後までいられたであろうに。

「庚《かのえ》」

穏やかで優しい声が呼ぶ。
それでも今は目を開けて顔を見るのは出来なかった。
その優しさはひとりの己には毒にしかならない。その痛みに泣いてしまう。

「このまま皆いなくなって。四節が巡らなくても、人間は生きていけるのかな」
「どうだろうな。だがすべて等しく終わりはあるだろう。それが人であっても、世界であってもだ」
「寂しいよ。全部がなくなってしまうのが。わたしたちを愛し、尊んでくれた人間の想いも何もかもが終わってしまう事が哀しいよ」
「庚」

再び呼ばれ、観念して目を開ける。
呆れているのではとも思ったが、声と同じく優しい顔が静かに己を見ているだけだった。

促されて立ち上がる。
見上げる空は雨雲が広がり、暫くすれば細い雨を降らせるのだろう。

「庚。季を移そう。丙から庚へ。夏から秋へ。此度も実り多き秋となる事を願っているよ」

頬を包まれて額に口づけられる。
内に灯る仄かな温もりが、役目が来た事を告げていた。

「丙。季は移った。緩やかな眠りをもたらす冬が来るまでは、しっかりとお役目を果たすよ」

頬を包んでいた手が頭に触れ、髪を撫ぜられる。
その心地よさに目を細めて、ありがとう、と小さく呟いた。

「季は無事に移ったが、帰り道は開かんな。まだしばらくは庚と共にいよう」
「彼岸の時には開くかな」
「どうだろうな。開いてくれればいいのだが」

帰れない事を憂う顔を見ないふりをしながら、強く手を握りしめる。
共にいられる時間をうれしいと思ってしまう己の弱さに呆れ、嫌悪する。
そんな己の手に気づき、両の手で丁寧に解かれ、大丈夫だとそっと手を撫でられた。
不安に思っているのだと、そう思われている事に苦笑して、大丈夫だよと答えを返す。

「行っておいで」

そっと背中を押され、駆けだした。
ぽつりと落ちた水滴が頬を濡らし、次々に振る雨が体を濡らす。
その冷たさに浸りながら、腕を伸ばして地を蹴った。

指先で雨を従えて、つま先で育まれた命を実らせる。
やがて訪れる冬を迎えるために、少しでも多くの恵みを。

季を巡らせる己の様はきっと、踊るように見えるのだろう。
いつかの人間の子らが奉納した神楽のように。

それが何故だかおかしく思えて、小さく笑みが浮かんだ。



20240908 『踊るように』

9/8/2024, 10:07:50 PM