映画サークルの新歓コンパが終わり、周囲にいたメンバーはそれぞれ帰り支度を始めていた。私は一年後輩の長沢創に軽く目配せして、席を立った。
私たちは半年前から交際している。昨年入部してきた創が告白してきたのは十月のこと。その流れで付き合い始めた。今では、互いのアパートを行き来している。
「ホタル先輩の演技があってこそ、今度の自主制作映画は成り立つと思うんです」
二人並んで帰る途中、決して上手とは言えない私の演技を、今夜も創は褒めてくれた。ホタル先輩、の所に力が入っていて、私の胸は少しだけ痛む。
今、私は創に無言の嘘をついた。
始まった時は小さな嘘だった。けれども、ここまできてしまうと、もう取り返しがつかない。雪の塊が坂道を転がり続けて大きくなっていくように、私がついている嘘も巨大化してしまったような気がするのだ。
心臓の辺りが苦しい。私は立ち止まり、創に声をかけた。
「ねえ、ツクル」
二、三歩先へ歩き出そうとしていた創が足を止め、振り返る。その顔が決まりの悪そうな作り笑いに変わった。
「どうしました? ホタル先輩」
胸の奥が、きゅうっと締めつけられた。私は遂に真実を口にした。
「私、実はホタルじゃないの」
きょとんとしている創に、私は打ち明けた。
「蛍と書いて、ケイ。私の名前は岩村ケイ」
創が、ぎこちない笑顔を見せた。そして少し震えたような声で呟いた。
「そうだったんだ。僕も勘違いしていたんだ」
勘違い。何のことだろう。状況を上手く把握しかねている私に、創は突然、満面の笑みを浮かべて言った。
「僕も、実はツクルじゃありません。創と書いて、アートと読みます。親が凝り性で、変に個性的な名前をつけたんです。迷惑な話ですよね。アートなんて、初対面で正しく認識してくれる人、今まで一人もいませんでした。だから出席を取られるのがいつも嫌だったんですよ。呼ばれるたびに訂正しなきゃならないので」
その時の私は、きっと気の抜けた顔をしていたことだろう。
創は私の表情を隅々まで確認するように凝視すると、優しく微笑んだ。
「ケイ先輩。今後ともよろしくお願いします」
7/20/2024, 12:39:52 PM