図書館の司書と執行官
十年前の彼なら、たとえ味方であろうと自身の気にそぐわない人は容赦なく手をかけるような、残忍な性格。かと思えば、とても思慮深く、聡明で自身の武器になり得るならそれが知識でも貪欲に求めた。
彼は十年もこの図書館に足繁く通っては、必要な本を借りて行った。時には司書である私に話を聞いてくることもあった。
そして、彼は今、一人の暗殺者の師となっている。
「あなたにしては、珍しいこともありますね」
「何がだ」
図書館のカウンター奥にある司書の部屋。そこにやって来た彼は、差し出されたカモミールティーを飲みながら不快そうに眉を顰める。でも、私からすれば威嚇する猫のようで、全く響かない。
「教え子の為に必死に考えを巡らせているでしょう?自身の楽しみの為に考えることはあっても、誰かの為にはしたことがなかったでしょう?」
「………かもしれんな」
彼がここに来た理由。それは彼の教え子が先日の任務で失敗し、気落ちしているというものだった。彼の教え子、ミルはヴァシリーと正反対の性格をしていた。心優しく慈悲深く、教会の教えを信じるような、純粋を体現したかのような人物。その一方で暗殺者としての実力は騎士団の中で随一。そんな彼女が、先日潜入任務で友人に庇われて、落ち込んでいるという。
「任務に怪我は付きものだ。幸い、スピカの怪我はそこまで深く無い。意識もある」
「でも、友人を守れなかったことを悔いている……ということですね?」
「ああ。だが、それに関してはあの娘のせいでは無い」
「それは否定しませんが……彼女の場合は責めてしまうでしょうね。あなたのことですから、彼女のその気持ちが理解できないのでしょう?」
「そうだ」
いっそ清々しいくらいの返答をする彼に苦笑する。ヴァシリーは気にしない様子でスコーンを齧る。
「なら、普通に接してあげたらどうです?あなたが彼女に対して気を遣ったとて、彼女は更に縮こまるかもしれませんし」
「一理あるな。俺は俺のしたいように、あいつに構ってやるとしようか」
「ええ。その方がきっと彼女の立ち直りも早いですよ。それに……」
あの子にとって、幹部の存在は自分を照らす優しくてあたたかい光に違いないですから。
私がそう言うと、幹部は少し考えるようにして黙り込む。が、やがて小さく笑みをこぼした。
「……そんなことは考えたことも無かったな」
「あなたは自分のしたいことをしているだけですからね。でも、誰かにとってはそれが大事なものだったりするんですよ」
「なら、あいつを拾った育て親として、出来ることをしよう」
「ええ。それが一番です。彼女は今何処に?」
「部屋で寝ている」
「そうですか。なら、起こさない方がいいですね」
「起きたら存分に構うつもりだ」
そう言って席を立ち上がる彼。
「あまりいじめてはだめですよ?」
「それはあいつ次第だろう?」
意地の悪い笑みを浮かべて、彼は部屋を後にした。
「やれやれ。彼女も厄介な人を師匠にしたものですね」
まあ、お互いがお互いを大切に想っているのはよく分かりましたし、ヴァシリーが誰かを大事にするのも良いことです。
私はただ、彼らの仲を見守ることにしましょうか。
10/16/2023, 1:00:36 PM