今日は都内のショッピングモールまで出向き、彼女の買い物につき合っていた。
ひと通り店を回り終え、目的も果たしたため休憩がてらカフェに入る。
ハイカロリーなドリンクメニューのなか、シンプルにアイスティーを注文した彼女は、ため息をつきながら席に着いた。
「浮かれて散財するクセ、なんとかならないの?」
レモンシロップをひとつ入れて、ストローで緩慢にかき混ぜる。
シロップにより、アイスティーの色が淡く変化していった。
瞬間的に爽やかな酸味が鼻を抜ける。
「なんのことです?」
「いや、コレしかないだろ」
あきれ果てた彼女が指を差したのは、イスに置かれた3つの紙袋。
「Tシャツ買いにきただけなのに……」
「ちゃんと買いました」
都会の喧騒ですり減った心に潤いをもたらす彼女は、まさに癒しと恵みのオアシスだ。
そんな彼女からの貴重なデートのお誘い。
新しいTシャツを何枚か買い、目的はきちんと達成された。
「それだけで済んでないから言ってるの」
こめかみを抑えながら彼女は眉を寄せる。
もの憂げな様子もまた魅力的だ。
今日も彼女の隣りを歩ける1日に感謝して両手を合わせる。
「かわいらしい服を着たあなたは絶対にかわいいです。特にピンクのワンピースを見つけたときはまさに運命的でしたね。次のデートが楽しみです」
Tシャツを選ぶだけでデートを終わらせてしまうのはもったいなかったから、彼女に似合いそうな服を何着か厳選した。
2週間会えなかった俺のためのご褒美である。
「え、待って。あのフレアワンピース、私が着るの?」
大きな目で瞬きを繰り返して首を傾げる。
そんな彼女につられて、俺も首を傾げてしまった。
「ほかに誰が着るんですか。あの服はあなたのために作られた服といっても過言ではありませんでした」
「過言しかねえわ。おたんちん」
キッと眉を吊り上げて俺を嗜めたあと、すぐさまうんうんと頭を抱えた。
「なんでよりにもよってロング丈……。私には絶対似合ってなかったと思うんだけど」
今日の彼女は表情の変化が目まぐるしく、とても充足していて目が離せない。
だからこそ、今の言葉は聞き逃せなかった。
「試着室での惨事をお忘れになられたと?」
「あぁ、……ね」
彼女は疲れた顔をして天井を仰いだ。
「……アレをきちんと惨事だと認識していたことに今ビックリしたところ」
肩の大きく開いた胸元や、くるぶしが見え隠れしたふわふわのワンピースを試着した彼女は可憐で麗らかで、もはやお花畑に舞う妖精さんそのものである。
我を忘れてシャッターを押しまくったせいで、店員にあらぬ誤解を招かれてしまったのだ。
かわいいは正義でもあるが、彼女の場合は罪の割合が大きすぎる。
「そもそもあれは自宅デート用であって俺ひとりであなたのかわいさを鑑賞するためのものなのでなにも問題ありません。しどけない姿から日常に戻る所作をひとつひとつ目の当たりにするのはたまらなくそそるものがあります。似合わないと思って恥じらいながらもいじらしく袖を通すあなたは誰がなんと言おうと絶対にかわいいです。また逆に押し倒した場合はチラッと覗くであろう膝下に胸が高鳴ります。今からとっても楽しみです」
「発言に問題が大有りだったわ。今すぐ返品してこい」
「タグは既に引きちぎられているので無理です」
「…………あぁ、はい。もう。……わかった」
苦渋の決断と言わんばかりの反応は気になるが、彼女はあのピンクのワンピースを着てくれるらしい。
ますます次のデートが待ち遠しくなった。
いっそのこと次と言わず、帰宅しあたとに着てほしい。
「なら。一軒、つき合ってもらいたいお店が、できた……」
急に歯切れが悪くなり、もじもじと、いつの間にか氷のみが残されたグラスをストローでかき回した。
「? もちろん。かまいませんよ?」
わずかに頬を染める彼女の態度に、違和感を覚えながらも席を立つ。
「店も混んできましたし、そろそろ出ましょうか」
「う、うん……」
その後、彼女によって連れてこられた店はド派手なランジェリーショップだった。
彼女が妙に落ち着きをなくしたことに合点がいく。
ワンピースの肩が広く開いているからと、肩紐のない下着を所望したのだ。
心のオアシスである彼女のかわいさやら癒しやら愛やらの供給が溢れて過多となる。
俺のハートは撃ち抜かれるどころか砕け散り、膝から崩れ落ちることになった。
『オアシス』
7/27/2025, 11:35:22 PM