【 No.12 もう二度と 】
優しくて温かくて、聞き慣れたその声が耳に届く。鼻筋が綺麗で、目が大きくて、二重で、厚めの唇。バランスの良い整った顔で、私の名前を呼ぶ。
彼がいつも差し伸べてくれる手には、何故だか安心感があった。男らしい分厚く立派な手なのに、どこか柔らかいのだ。手を繋いでいると落ち着く。
「景色、綺麗やな。」
東京へ遥々やってきた私達は、世界一の高さを誇るその塔の上から景色を堪能する。
生活感溢れる光が闇夜に散りばめられて、美しい。ついうっとりと見とれて、目を細める。
私の方を見るなり、隣で彼は口から空気を漏らした。
「やっぱ好きやねんな、こういうの。」
図星だ。何だかそれが小っ恥ずかしくて、笑って誤魔化す。それを" 照れ笑いだ "なんて茶化されて、反論なんて出来ずに外へと視線を戻した。
「……また来年も、見にこよな。」
「うん。」
少し甘ったるい雰囲気が漂った。顔を近付けて笑い合い、お互いがお互いと温もりを求めるように抱き合う。鼻を掠める彼の香りに目を閉じて、暫くそのままだった。
「懐いな〜。」
まだ鮮明に覚えているという事実に、一人苦笑いする。引越しの前に整理整頓をしていたら偶々あの時の写真が出てきたのだ。不意打ちを食らった。
「アホか。」
写真を持つ手が小さく震えて、視界が滲む。もう思い出さないって決めたのに。ぼやけて霞んだそれは、やけに綺麗に目に写って。
私も心の中で、何かが叫ぶ。まだ恋の炎は消し切ることが出来ていないのだと。脳みそという箱の1番手前に、彼との思い出がまだあるのだと。
そんな事、ずっと分かっていた。
機械音と共にスマホのロック画面に浮かび上がる彼の名前。全部ブロックして、彼との関わりは断ち切ったはずなのに、どうやって連絡する方法を見つけたのか。
「ほんまに愛してる。会いたい。」
他の女の人に乗り換えたと思ったら、都合のいいタイミングで戻ってくるなんて最低。
涙も乾いて、思い出が色褪せていく。
既読をつけることも無く、スワイプして通知を消す。
愛してるだなんて、偽りだらけの言葉は要らないの。
その顔も、声も、温もりも、全部全部大っ嫌い。
もう二度と、貴方と交わることはないから。
永遠にさようなら。
3/24/2025, 6:48:49 PM