徒然

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「生まれ変わったら鳥になりたい」
彼女はそう言った。
私は「何故?空が飛べるから?」と聞くと
「それもあるけど、鳥って水陸空全てに対応出来るのよ。すごいじゃない」
と答えた。
彼女は今鳥になって何処かを飛んでいるのだろうか。はたまた水の上を泳いでいるのか。

***

昔から少し変わった人だった。
初めての出会いは小学5年生の頃。同じクラスになったのがキッカケだった。
彼女は学校でも噂の人物だった。良くも悪くも目立つ。そんな印象の女の子。
艶やかな黒髪を腰まで伸ばし、いつも1本の三つ編みにして束ねていた。髪に飾りは付けず、前髪は目の上でのぱっつん。
色白で目鼻立ちがしっかりしていて、大きな瞳は薄青い色をしていて余計に映える。
華奢な体躯、スレンダーな手足。整った容姿と浮世離れの存在感を放つ、まるでお人形の様なその少女を大人達は可愛いと持て囃し、子供達は怖い気持ち悪いと距離を置いた。
子供からすると自分とは違う存在というだけで恐ろしく、除け者の対象にするには充分だった。
私が初めて同じクラスになった時も、彼女は1人席で本を読んでいた。

噂には聞いていた。同じ学年にハーフの綺麗な女の子が居ると。
学校行事などで遠目から顔を見る事はあっても、話をした事は無かった。廊下で会う事も、放課後外で会う事も無かった。
朝は一番に登校し、帰りも授業が終わるとすぐ帰る。
私は朝遅刻ギリギリに登校し、帰りは友達と遊び暗くなってから帰っていた。そんな私と彼女が出会うはずは無かった。
しかし出会ってしまった。

なり出席番号順の席で隣通しになった私と彼女が打ち解けるのに、そう時間は掛からなかった。
不思議だった。彼女と自分が合う事など無いと思っていたから。私にとっての彼女は、遠くから眺める綺麗な物。ショーウィンドウに飾られた人形と同等のような存在だったから。
自分が彼女と話をする事など、まして隣に居ることなど夢にも思わなかった。それくらい私にとっての彼女は憧れであり、崇高的な存在だったのだ。
同い年の綺麗な少女。お人形の様に整った美しい容姿。それでいて飾らない服装が、当時の私には輝いて見えた。

***

彼女と仲良くなりその後中高を経て大学に進学する頃には、すっかり綺麗な大人の女性へと変わっていた。
私はそんな彼女の隣にまだ居られる事がとても嬉しかった。
彼女と長く過ごせば過ごす程彼女のことがわかり、同時に彼女の事がわからなくなった。

昔から変わった人だった。

集団行動は苦手。兎に角マイペースで、センスが人とズレていた。こういう人間が新しい物を生み出すのかもしれないと思ったりもしたが、何にでも牛乳を入れる食べ方だけはどうしても受け入れられなかった。
他人と同じ事をするのが苦手、集中して話を聞くのが苦手。授業中は常に何か別の事をしていた。私が何故授業を聞かないのかと尋ねると「他の考える事が忙しい」と答えた。
他の事をしていても授業の邪魔をしないからか、次第に教師も何も言わなくなった。勉強は学年でも上位に入る秀才だった。
その代わりなのか運動は全く出来ず、体育の評価だけはいつも酷かった。よく転び、よくぶつかるので、怪我の絶えない子供だった。大人になてもこれは変わらなかった。

着飾らない理由はオシャレがわからないからだった。毎日同じ髪型に似た様な黒い服を着ていたのもそれが理由だったらしい。「お母さんが選んでくれないの?」と尋ねたら「お母さんもお父さんも居ないから」と返ってきた。年配の祖父母と3人暮らしなのだと、その時初めて知った。

「中高は制服があるから楽だったのに」
そう文句を言う彼女に私が服を選んだ。大人になっても人形の様に美しい彼女を、リアル着せ替え人形だと思いながら私は彼女に着て欲しい服をたくさん選んだ。彼女には何を着せても似合うので私は楽しかった。彼女は「似合うの感覚はよくわからないけど、この服は可愛いと思うわ」と答えてくれた。
私はそれだけで満足だった。

***

それは大学2年生の秋だった。
来年からは就活が忙しくなるが、合間を見て旅行に行きたいねと話をしていた時のこと。
彼女がふと「生まれ変わったら何になりたい?」と聞いてきた。
「唐突だね」と答える私に「人生において唐突に始まらない物などないのよ」と返す彼女は、やはり変わっていて文学的な思考の彼女の将来が私は楽しみだった。
何故なら、彼女の書き溜めた小説はどれも面白くお世辞抜きで今すぐにでも作家になれそうな実力があったから。
しかし、彼女はその原稿をただ溜める事しかしなかった。「その時が来たら本になるわ」とだけ言い、封筒に入れて保管していた。

生まれ変わったら何になりたいかという質問に「人間」と答えるのは野暮だろうか。私はこの質問が苦手だ。生まれ変わった先など自分では無くなるのだからどうでも良いというのが本音だ。それをありのまま彼女に伝えると「貴女らしいわ」と返っ惹かれたのよ」
その言葉に、私は思わず照れてしまう。私も彼女のそういう飾らない言葉を紡いでくれる所に惹かれたのだと、言えたら良かった。

「私は生まれ変わったら鳥になりたいの」
「鳥?」
「そうよ、鳥。鳥と一口に言っても色々あるけれど、私は渡り鳥になりたい。季節と共に国を縦断するのよ。きっととてつもなく大変な旅路だと思うわ。だけど、その土地それぞれの空気を味わえて、世界を見られるって素敵だと思わない?」

私からすると、そんな考えを持つ彼女自身が素敵だと思うのだが、彼女は自分自身を魅力的だと思わないので、何を言っても響かなかった。

「鳥ってね、すごいのよ。水陸空全てに対応しているの。空も飛べて、水の中も泳げて、陸も歩ける。すごい事よ、これは。渡り鳥なんかはこれが顕著に現れている。だから、私は鳥になりたいの。いえ…なるのわ。生まれ変わって鳥になるわ」
なら本当にそうなってしまいそうな気がした。

「素敵だね」と私が言うと「そうでしょう?」と言って微笑んだ。

「生まれ変わったら、貴女に会いに行くわ。必ず。約束する」
そう言って彼女は小指を立てる。私は彼女の小指に自分の小指を絡めた。
「私は…もうあと数年も生きないわ」
「何故そんな事言うの?」
「わかるのよ。だけど、渡り鳥になって毎年貴女の元へ会いに行く。だから、忘れないでね。私の事。私が貴女をどれだけ大事に想っているかって事」
彼女が言うと冗談も本気に聞こえてくる。いや、彼女は冗談など言わないのだ。いつだって本気で、本当の事しか言わない。だから、きっと彼女は本当に数年後にこの世には居ないし、渡り鳥になって私の元へと来てくれるのだろう。
馬鹿げた話だと思われるかもしれないが、本当にそうなのだ。

私はその日彼女と指切りをした。生まれ変わった彼女と再会する事を。

***

約束から3年後…卒業して1年足らずで、彼女はこの世を去った。
彼女を育ててくれた祖父母は既に他界、身内の居ない彼女の代わりに私が葬儀から埋葬まで全てを行った。
生前彼女から託されていた事だ。いつの間に預けていたのか、弁護士に託した遺言書まであり、私の手元には彼女の残した財産の全てが移った。

財産と言っても金銭いう意味では殆ど残っていない。彼女の葬儀と埋葬代、学費の為に借りていた奨学金の返済等々、彼女に関わる金銭関連は彼女の貯金で全て賄われた。それだけの額を貯めていたのだ。やはり彼女は自分の死期を悟っていたのかもしれない。
死因は事故死とされている。自殺が事故か判断できかねぬ状況だった為だ。しかし、自殺と断定する手掛かりも遺書などの証拠も無かった為、事故として処理された。
真相は彼女だけが知っている。

彼女の遺言に則り、私は彼女の死後彼女が書いた全ての小説を持って出版社へと向かった。
やはり私の目に狂いはなく、本となり出版され人気を博している。全部を一気に書籍化では無く、1本ずつ出版していくので暫くは彼女の本が書店に並び続けるだろう。
そして人々は渇望し嘆く筈だ。これだけ面白い作品を世に放っているのに、新しい作品はもう生まれないという事実に。
何故なら私がその1人だからだ。

***

彼女の死後、私はこの自伝を書き連ねている。
いつか彼女の書き溜めた小説が全て出版し終わった際の留め本として出版予定だ。それも彼女の遺言である。
「貴女の言葉で私を記して」
遺言書の文末にそう書いてあった。それだけで、彼女が何を求めているのか、私にはわかった。それ程私は彼女と深い仲になれたのだ。

憧れのショーウィンドウに飾られた綺麗なお人形の様な存在だった彼女は、いつの間にか私の横で笑うたった一人の大事な親友となり、渡り鳥になって消えた。

私は彼女が好きだった。
それが親愛なのか友愛なのか恋愛的な意味を孕むのか。最早確かめる術も無い。

今年も渡り鳥がやってくる。
また彼女が会いにきてくれる。


#渡り鳥【鳥のように】

8/22/2023, 12:03:52 AM