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 紅茶は、好きでも嫌いでもなかった。

 自分で淹れることはないけれど、たまにコンビニでペットボトルにつめられたものを買うことはある。
 私と紅茶は長年そうした距離感を保って、付かず離れずの関係を続けてきた。
 それは、いまも変わらない。
 マホガニーのテーブルを挟んであなたと向かい合ったいまでさえ、私は紅茶が好きでも嫌いでもない。

 あなたは紅茶が好きだ。
 だから、あなたとふたりで出かけるときに入る喫茶店は、必ず紅茶の美味しい店。
 きょうもそう。
 メニューには、ダージリンとか、ウバとか、私でも聞いたことがあるような有名な茶葉から、ディンブラだの、ヌワラエリヤだのという聞いたこともない呪文のような名前の茶葉まで並んでいる。
 あなたが注文するのは決まってダージリン。オータムナウがあればそれ。ダージリンにも種類があるということは、あなたが教えてくれた。
 私はいつも、レディ・グレイ。好きな茶葉を訊かれて「レモンティー」と答えた間抜けな私に、あなたがすすめてくれた香り。
 美味しいかどうかは正直わからないけれど、あなたがすすめてくれたから、好き。

 紅茶は好きでも嫌いでもないけれど、紅茶が好きなあなたは、好きだから。

 だから、わかる。わかってしまう。
 あなたが好むダージリンの紅茶が、あなたに飲まれることもなくそのまま冷めていくわけが。

「あのさ」

 紅みがかった小さな水面をじっと見つめたまま、あなたが口を開く。その先を聞いてしまえば、きっともう戻れない。

 あなたの声が聞こえないふりをして、カップに口を付けた。
 濃い柑橘類の香りが鼻先をくすぐる。爽やかで、華やかな香り。あなたが教えてくれた香り。
 レモンティーが好きなら、きっと気に入るんじゃないかな。控えめなあなたの声が、あたまの中でリフレインする。

 唇にふれたレディ・グレイは、もうすっかりと冷めていた。

10/28/2022, 4:13:39 AM