ありす。

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「お前…名前なんて言うんだ?」

「ごくごく…はぁ?」

俺の言葉にそいつは小さく反応した。
反応しただけで俺の質問に答えてはくれない。
飲みかけのペットボトルから水分を補給するとそいつは走り出した。

「お、おいっ!外は雨だぞ!?」

「だから?今は部活なんだし。あんたも駅伝部なら走れば?どうでもいいことに気を取られていると…タイム落ちるよ?」

「お前…喧嘩売ってんのか?」

雨で地面がぬかるんでいる中、そいつは涼しい顔で走っていく。
雨の中、小さくなっている背中を見ていたら、周りがため息混じりに筋トレを始めていた。

「でたでた…。奴のせいで関係ない俺たちまで変な目で見られるんだよな…。この間だっていじめか!?って生活指導に怒られたんだから…」

「たかが学校の部活なのになぁ。なんでそんなに必死になってるんだが…」

そいつを始めて意識した日の出来事だった。


この学校に転入してきて2ヶ月が過ぎようとしていた。
部活中喧嘩を売ってきたあいつにはあれきり会えてない。

「入ったばかりなのに…早波くんは凄いですね〜!前の学校でも凄かったんですよね?ぼ、僕も頑張りたいです〜!」

「お前…誰だっけ?」

「ガっ!?!?」

俺の言葉でお笑い芸人のように綺麗に滑るとそいつは「お、おかしいですよ。僕と同じクラスで…部活も同じなのに…2ヶ月間一緒に…過ごしたはずなのに…」ブツブツと念仏を唱えだした。

「お前、俺と同じ部活なのか!じゃ、教えてくれよ!この間の雨の中走っていったあのいけ好かないあいつのこと!」

「雨の中…?南くんのことですか?彼はいい意味で走るのが好きな方ですよ!悪い意味だと…懐かない猫ちゃんみたいな人と言いますか……先輩達には可愛がられないタイプの方ですね!部活で1番速いですし!」

「生意気なやつってことでいいのか?」

「そ、そんな事はないと思うのですが…。」

「だから、それを生意気で自分の意志を変えない奴って言うんだよ。俺はそいつに喧嘩を売られたから買うって宣言をしたいんだ!何が言いたいかわかるよな?」

「ひぇ……」

俺は名無し(名前知らないから)の首根っこを掴むと教室を後にした。
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「うるさいな。オレはお前のこと知らないし、覚えてないし、興味無い」

「な、んだと!」

部室に来るなり顧問に集められて言われた言葉は、1ヶ月ももうない駅伝大会の事。
よりによって俺がこいつ…南にたすきを繋がないといけないなんて。

「まぁまぁ…早波くん…最後に南くんが走るんですから…仲良くしません?このままだと走ってて気まずいですし…」

「どうせ…繋がらないからいいよ…」

「俺が走れないって言いたいのかよ?」

「オレにたすきが…繋がったことないからな」

「俺は繋ぐ」

フッと鼻で笑うと南はグランドへと駆け出していった。

「くそ……なんなんだよあいつは!名無し!あいつにたすき繋げてやる!今から走るぞ!」
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たすきを繋ぐ。
なんて言ったのが懐かしく思えてきた。

「先生!大変です!3区走る人が急に体調が……」

「ええ…補欠の俺が走るのかよ…」

先生の慌てぶりをよそに他の部員は、走りたくないとしか言わなかった。

「普通は補欠の自分に回ってきたら嬉しいもんじゃねーのかよ。どうなってるんだ。この学校の駅伝部は…」

「た、た大変なことになりました……。どうしましょ!?」

隣には、涙を浮かべてぷるぷるとチワワのように嘆く名無しの姿がある。

「ん?名無し…そうか!名無しお前が3区を走れ。走って俺にたすきを繋げ。わかったか?」

「へっ………?む、む、無理無理無理ですよ!?」

「無理もへったくれもねぇ。走って繋ぐ。これだけだ。簡単なことだろ?先生!こいつが走るって!」

「No!!!!!!!」

歩かない名無しを持ち上げて俺は先生の元に連れて行く。
これでたすきはなんとか俺に繋がることを信じて。


肺が痛くなってきた。
あと少しの距離がもどかしく感じる。
あの後、なんとか名無しが俺にたすきを渡してくれたから俺はこうして走れている。

「繋い…でやる…」

涙で霞む視界に南が映った。
鳩が豆鉄砲を食らったような顔って今の南のような顔を言うんだろうな。そんな顔をしていた。

徐々に俺と南の距離が近付く。
近付くな連れて上手く息が出来なくなる。
酸欠なのか頭がぼーっとなる。

諦めたい。

そんな気持ちが胸を覆い尽くした。

「でも…それは今…じゃない…」

俺は最後の力を振り絞って…あいつに南にたすきを渡す。
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「なんで3人だけで写真撮るんだよ…名無し」

「僕は名無しって名前じゃないです!何回言えば理解してもらえるんですか?」

「どうでもいいだろ。さっさと撮れ」

「辛辣です…」

名無しはスマホのカメラアプリを素早く開くと俺と南の間に入ってきた。

「最後までたすきを繋ぐことが出来た記念ですよ。僕、走ってて…たすきを繋ぐことが出来て嬉しかったです!」

「そっか…」

言葉は冷たい台詞だけど心做しか南も笑っているような感じがした。

「名無しって…良い事言うんだな?」

「だから!!僕は名無しじゃないです!七瀬って言うですよ!」

「いや、似てるのかよ…!」

「あと、もう写真は撮ったので…解散しますか?それともどっか行きます?」

スマホの画面を見ながらニタニタと笑う名無し。

「オレは帰る。別にお前たちと今後…」

「普通にコンビニでなんか買って食えばいいんじゃね?」

「ぼ、僕もさんせーです!」

「おい、勝手に決めるな!」

名無しは嬉しそうに前を1人で走っていく。
その後を俺と南とで追っていく。

「早波……」

「なんだよ?」

「たすき……ありがとう」

「どーいたしまして」

俺は似合わない言葉にてれくさくなり、時間を確認するフリをしてスマホの画面を見ると名無しからメッセージが送られてきた。
確認してみれば今、撮ったであろう俺と南の写メが送られていた。

画面いっぱいに逆光が俺らを照らしていた。

1/25/2024, 9:23:26 AM