針間碧

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『大好きな君に』

 ノートを買った。特に意味はない。なんとなく寄った文具屋で千円相当の文具が半額以下で買えるという時季外れの福袋をしていたから面白半分で買ってみたら、ノートが入っていた。ただそれだけだ。袋から取り出した当初はかわいいノートだと喜んでいたが、数日経つとこのノートを果たしてどう使ったものか悩み始めてしまった。成人し、仕事もしている私は、基本的に書きたいことがあればパソコンに打ち込むし、絵を描くといった風情のある性格でもない。そもそもこのノートは小学生が使うような方眼ノートで、絵を描くのに向いていない。悩んだ結果、とりあえず日記を書くことにした。
 最初は私に日記なんて続くはずがないと思っていたが、これが意外と続いた。今まで私が何を見聞きしていったのか整理できるのだ。最初は一日数行程度で終わらせていたが、いつの間にか一日半ページ、果ては一日一ページ使うようになった。なんとなく買ったノートは、すぐに使い切ってしまった。そのまま日記を書くのをやめるのも忍びなかったので新しいノートを買い、日記を続けた。
日記をはじめて数年。気づけば日記は十冊になった。ノートの種類は様々だ。最初の小学生向けの方眼ノートから始まり、通常の方眼ノートや罫線ノートに、無地のノートまで使った。いろんなノートを使ったものだと感慨深げに最初から日記を読んでいくと、少しずつ書いている内容が変わっていっているのに気が付いた。最初はただ見聞きしたことを書くだけのリストになっていたが、今は私がどんなことをやったのか、それがどれだけ楽しかったか書くようになっていた。勿論悲しかった出来事も書かれていたが、今となってはそれも私の思い出だと思うと落ち着いて見返すことができた。
 考え直すと、日記を書く前の私はただ生活を送るだけの木偶人形だったような気がする。ただ日々のタスクをこなすだけ。つまらない人生だと思う。でも今は違う。日々を楽しく過ごし、私というものが好きになった気がする。決して日記を書いていたからそうなったとは言い切れないが、日記が私を変える一端を担ってくれたのは確かだろう。
 気づいた私は、今日は日記ではなく手紙を書くことにした。手紙の出だしはこうだ。
「大好きな未来の君に」

3/5/2024, 9:54:40 AM