『猫猫的蜃気楼(マオマオてきしんきろう)』
今日は生憎の大雨。
そういや一週間前ぐらいにそろそろ嵐来るって言ってたっけ?
丁度僕は中国に遠征に来ているがためにそういうことは予想していなかった。
因みに会社ぐるみの遠征。中々に珍しい。
折角、友達と二人で観光に行く計画を立てていたというのに。
準備をしてさぁ行くぞ!って時に大雨。湿気で髪もボサついてる。
「あーすることないよ~」
暇すぎてソファに寝転がり足をバタつかせる。
…ん?そういえば何かを忘れているような。
「やっば!課長に今日提出って言われてた資料届けてない!」
ものすごく大変なことに気づいてしまった。
「ど、ど、どうしよう…」
大雨だしワンチャンLINEで延長お願いしたら許してくれる…ってダメだ。
そういやうちのとこの課長スパルタ理不尽課長で有名だった。
「くっ…観念して届けに行くしかないか」
もう心は完全に諦めモードに入り、半ばヤケクソで玄関に行く。
近くにかけてあるカッパを乱暴にとり、長靴を完全装備し、鍵を勢いよく締める。
「だー!雨うっざい!」
何故か交通量の多い道路を横目に全速力で大雨の中を駆け抜ける。
バシャバシャと子供の頃を思わせる特有の音は逆に僕の感情を駆り立てる。
「あ!赤信号…くぅ待つか…」
もうすぐで会社につくというのに
僕はついていないのか、目の前の信号がパッと鮮やかに雨の色を赤く照らす。
「あぁぁあ…早くしてよー」
3秒、2秒、
「ニャー」
「え」
信号が緑に切り替わるまであと1秒のところで車の前に猫が飛び出してきた。
僕はこの瞬間、何が起きたのか分からなかった。
目の前のチカチカ光る車のライト。
歩行者たちの呼び声、運転手の罵声。
赤く滲んだアスファルト。
そして
「にゃ」
僕の胸の中の猫の鳴き声。
暖かい。こんな大雨なのにどうしてだろう。
そっと猫に手を伸ばす。
「にゃぁ…」
寂しそうに僕を見つめてる。
「ふふ、どうしてそんなに見つめるんだい?見つめたっていいことない…よ…」
頭が鉄でも乗せられた様に重い。カッパが鉛の塊に見える。
ああ、僕死ぬのか。
そう自覚した瞬間、僕は現実に戻ってきた。
救急車の音、警察官の人もいる…
…ごめんね。母さん、父さん。
また来世でね。
…こんな立派に命を守って死ぬのもいいなぁ。
その時だけは、周りの雨が
優しく、暖かく、僕の頭を撫でていた。
お題『嵐が来ようとも』
※猫猫(まおまお)=中国での猫の呼び方。
※蜃気楼=冷たい空気の層と温かい空気の層の境目を光が通る時に、光が曲がって見える虚像。
7/29/2023, 3:34:02 PM