目を閉じる。瞼の裏に私の生家を思い浮かべる。
引き戸の玄関を潜って、左回りに家の中の窓を全て開けていく。居間を通り、台所、祖母の寝室、廊下に出て、階段を上り、従姉妹の部屋に入って、再び一階に戻る。
右手に進んで、脱衣所と浴室、廊下の突き当たりにあるトイレの窓を開けたら、客間に通ずる襖を開けて、ようやく全ての窓を開け切った。
そして、今度は全ての窓を閉じていく。道順は窓を開けた時と同じだ。
家の中を歩いていると、不思議と祖母が私の近くにいるように感じる。むしろ、私が祖母になって部屋の窓を開け閉めしている気分だ。私が祖母になっているのか、祖母が私になっているのか。胡蝶の夢のようで、気持ちが浮つき、なかなか落ち着かない。
目を開けたくなる。閉じられた視界が徐々に白んでいく。瞼を閉じる集中力がなくなってきた。けれども、まだ家の中の窓を全部閉じていない。
ようやく客間まで辿り着き、窓を閉めて、玄関に戻ってきた。最後に玄関を潜り抜けて、外に出る。
最後の鍵をかけようと振り返ったら、祖母が入口の間に立っていた。いつもの黒と白のタータンチェックのエプロンを着て、腰の裏で両手を組んでいる。細げで柔らかな髪は、相変わらず毛先でくるくると渦巻いている。日本人形のように白く透き通った肌が、暗がりの家の中で仄かに光っていた。黒い飴のようにきらりとした目で、にっこりと微笑んでいる。その口は微笑みで閉じられていたが、「いってらっしゃい」と言っているように聞こえた。
そうして私は、自分の生家に鍵をかけて、瞼を上げた。この家巡りで誰かと出会ったら、霊感があると言われてるらしい。たましいとの繋がりの証明とも言えそうだ。
私の生家は跡継ぎがいなくなった為、他人に譲り受けたので、自分と同じ血を持った者は、もうそこにはいない。だが、同じ血を持った者が過ごした物語は、まだ残っている。その物語を描き続けていくのが、残された者の宿命だろう。
今回の家巡りで確信した。祖母のたましいは、確実に私のたましいの中にいる。大人になれなかった父母のせいで、私の身体はすっかりと汚れてしまったが、せめてたましいだけは清らかでいたい。その為にも、繋がりを広げる物語を語り続けたい。
いつかは、私のたましいが、誰かのたましいに溶けていくことを夢見て語ろう。
(250530 まだ続く物語)
5/30/2025, 12:46:32 PM