「たまにはさ、そっちからちゅーしてよ。」
黒よりは茶色に近い大きな目が、わたしを捉えていた。
大学生にもなってちゅーとか言う奴はイカれてる、という親友の偏見しかない言葉を思い出す。
「ねえ、無視しないでよ。」
無視をしているわけではない、というように、顔を手で押しのける。手のひらに収まってしまいそうなほどのサイズ感に驚いた。それと、皮脂が全くなさそうな肌のきめ細やかさにも。
ねぇー、と繰り返し呼ぶ声が聞こえる。
まとわりついてくる大きな腕も払って、テレビの音量を大きくした。
画面の中では名前のない女が死んだ。
そもそもこの映画を見たいと言ったのは彼の方だったのに。始まって十分もしないうちに飽きて、集中しようとするわたしに平気で声をかけてくる。
先ほど追い払った小さな顔が、今度はわざとらしく唇を尖らせたままやってくる。
「恋愛は受け身派。」
それだけを言い放ったわたしの腰に、彼は腕をまとわりつかせ、耳元へ口を運ぶ。
「知ってる。」
小さな声とともに薄い唇から漏れる彼の息が耳にかかってくすぐったい。
「でもたまにはいいでしょ。」
ちらりと視線をやると、彼は嬉しそうに笑う。
画面では名前のない探偵が現れ、名前のない男が涙を流し、名前のない年寄りが怒鳴っている。
コイツが隣にいる限り、わたしは映画をまともに見れないだろうな。そんなことを考えながら、かさついた唇を重ねた。
3/5/2024, 2:36:47 PM