「あ、風鈴」
僕の家に遊びに来た君は、めざとくそれを見つけて言った。
【風鈴の音が聞きたくて】
縁側にぶら下がった風鈴の舌はほとんど垂直の状態から動こうとせず、そのせいかただでさえ不快なべとついた空気は余計に重苦しく感じられて、君はちょっとつまらなそうだった。
「ふーっ!」
「いや何してるの」
君の吐息に対し、風鈴は気まずそうにこつんと固いもの同士がぶつかるような音を立てた。
「違う! 風鈴ならりんと鳴れ! わかったら返事!」
「人ん家の風鈴に指導しないでよ……」
風なんかなくても、君の声は鈴を転がしたような音を通り越して鈴を振り回してるみたいに騒がしい。そして別に涼しくはない。ないけど、君がいれば風鈴なんてならなくてもいいかな、とも思っているよ。絶対言ってあげないけれど。
「あ、そうだ!」
何かを思い付いたような顔で、君は僕に断りもなく風鈴を取り外し、部屋の奥へと向かっていく。
「これでどうだっ!」
りんりんりんりんりんりんりんりん。
まるで、今まで口を開かせてもらえず溜まっていた鬱憤を全部ぶつけるみたいな、風流の欠片もない音。
振り返る。得意気な表情の君と、風鈴。それと、
「扇風機は、反則じゃない……?」
扇風機の前に掲げられた風鈴は依然としてりんりんと騒がしく鳴き喚いている。確かに音は鳴ったが、君はこれで本当にいいのか。
「んー涼しー。やっぱり風鈴の音ってすごいねぇ」
いいらしい。自分が扇風機の正面に立っていることを忘れているのか、髪を床と平行に靡かせながら君は笑う。
「わーれーわーれーはー、ちーきゅーうーじーんーだー」
りんりんりんりんりんりんりんりん。
「いつもの二倍うるさい……」
暑さが裸足で逃げ出しそうなうるささではあるが、風鈴の納涼効果ってそういうことじゃないと思う。
「今私のことうるさいって思ったでしょ」
「思ったんじゃなくて言ったんだよ。口の代わりに耳が退化したの?」
「言っとくけど、私がこんなに喋るの、君の前だけだからね」
室内に設置された扇風機はきっと、縁側での風鈴の様子を知らない。今目の前で絶え間なく音を響かせる姿だけが、彼が知る風鈴の姿だ。
「……風がなくて、オブジェにしかならない風鈴でも、僕は結構好きだよ」
「えっ遠回しに黙ってろって言われてる?」
「そうじゃないよ。人工の風を当ててまで音を出させるのは不自然で、風鈴の本意ではないかもしれない」
自分で言ってから、風鈴の本意ってなんだよ、と思う。彼女も面白かったのか、風に髪をもてあそばれながらくすくすと笑う。
「風鈴は音を出すために生まれてきたし、いろんな人に自分の音を聞いてほしいんだよ! まして、目の前にいるのが大好きな相手ならなおさら!」
それなら、風鈴は扇風機のことが大好きなんだなあ。あるいは、扇風機の方が風鈴の音を聞きたくて、張り切って風を吹かせてるとか。……なんて、馬鹿なことを思う。
7/13/2025, 8:37:08 AM