明日への光(オリジナル)(異世界ファンタジー)
ラッツは震える手で、机上の日記をめくった。
それは、彼の命の恩人が遺したものだった。
クアル月20
洞窟前にヒト族の少年が倒れていた。
状況を見るに、仲間と遺跡発掘に挑み、彼を残して全滅してしまったのだろう。
彼は埋まった仲間を掘り起こそうと土を掻き続け、力尽きて気を失っているようだった。
かなり消耗していたが、命はあった。水を含んだ布を口に当てると、嫌々ながら吸う仕草を見せた。
久々のヒト族との邂逅で気が動転したが、何とか平常心を保つ事ができた。彼は私の事を何も知らないのだから恐れることはない。
ピアト月15
助けた少年の目がずっと暗い。
少し目を離すと自傷行為に走るが、仲間に助けられたという意識もあるからか、命を失うところまでは行えず、それゆえに苦しんでいるようだった。
私は甲斐甲斐しく世話を焼いた。
彼は死にたいのかもしれないが、死なせてなるものかという意地もある。
ヘクト月10
少年はまともに歩けるようになり、道具を使って穴を掘り始めた。ようやく、とりあえずでも、生きる目標が見つかったらしい。良かった。
目に光が戻ってきている。
中略
ヘクト月21
少年はラッツと名乗った。
何度も私に話しかけてきてくれたが、私は喋る事ができないので、言葉を理解していることだけ伝わるように努めた。
根は明るい少年らしい。
まだ暗い目をする時もあるが、徐々に立ち直ってきているようで嬉しい。
アハト月13
ラッツ少年は仲間を全員埋葬し終えた。
彼は、仲間の遺品とともに、旅を続けるのだという。
その目は、未来を見ていた。
その姿が、とても眩しくて。
恐ろしかった。
中略
ラッツ少年へ
君は私の事を命の恩人だと言ってくれたね。
とても感謝していると。
だから旅の途中ここに寄る事もあると思って、ここに書き残しておこうと思います。
もし私が死んでいても、殺されていても、悲しむ必要はありません。
私はヒト殺しです。
言霊の加護を持って生まれ、未来予知能力を持つ主人の奴隷として生きてきました。
罪を犯すヒトがわかる主人の命令で、私は何人ものヒトを言霊で屠ってきました。
しかし、主人がある日殺すよう指示してきたのは、まだ年端もいかない少女だったのです。
彼女がいったい何をどうしたら、殺されなければならないほどの罪を犯すというのでしょう。
それはいつの事で、その未来は絶対に変えられないのでしょうか。
朗らかに笑う少女を見て、彼女を優しい目で見守る両親の笑顔を見て、私は躊躇いました。
主人にその疑問もぶつけましたが、答えは得られませんでした。
私は葛藤のすえ、それでも主人を信じました。
そして彼女を殺したのです。
ただ、私の迷いのせいか、完璧な殺人とはなりませんでした。私が何かしたと勘づいた彼女の父親に追われたのです。
なんとか撒いて主人のところに帰り着いたのですが、主人は誰かと話をしていました。
主人の能力は本物でしたが、今回の少女の殺害は全くの嘘で、少女の父親から受けた辱めに対する報復措置だったというのです。
私は自分が罪もない少女を殺してしまった事実を知り、家を飛び出しました。
いえ、逃げ出したのです。
激しい後悔にかられ、喉を掻き破り、舌を噛んで死のうとしました。
しかし、臆病な私は、結局死ぬ事ができませんでした。
言霊の力が発揮できないよう声を潰す事には成功しましたが、そこまでです。
彼女の両親に詫びる事も、罪を償う事もできませんでした。
ヒト族の報復が怖くて、ずっと山に篭っていました。
そこで出会ったのがあなたです。
だから、あなたを助けたのは、私の罪滅ぼしみたいなものなのです。
あなたが立ち直り、旅立つ日、私は己が絶ってしまった少女の命を想って震えました。
彼女が生きていれば、あなたのように明るい未来を見つめて歩めたであろう、その輝かしい未来を想って。
自ら殺されに行く勇気はありませんが、主人か少女の父親が私を血眼になって探しているであろうことは想像に難くありません。
この隠れ家もいずれ見つかるでしょう。
どちらに見つかるにしろ、殺されるにしろ、私はそれを受け入れようと思います。
だから、ラッツ少年、あなたは私を殺した人間をどうか憎まないでください。
私はそんな事でしか罪を償えません。
そして、生きて私と出会ってくれてありがとう。
あなたを助けられたことは、私にとって救いでした。
どうか、幸せになってください。
そして、もし可能であれば、私を殺したのが少女の父親であれば、伝えてください。
あなたが罪悪感を抱く必要はありません。当然のことをしたまでです。どうか苦しまないでください。
そして、謝って済むことではありませんが、本当にごめんなさい、と。
日記の最終ページに書かれていたのは、ラッツへの手紙だった。
「そ……むり……」
日記のページをグシャリと握りつぶし、ラッツは湧き上がる憎悪とこぼれ落ちる涙を押さえ込もうと、懸命に歯を食いしばった。
先日居酒屋で、ようやく仇を討ったと人相の悪い男が皆に奢ってまわっていた。目を爛々と光らせ、憎悪をたぎらせて、興奮と、少しの罪悪感を滲ませていたあいつ。
あいつが彼を。
でも、この手紙が、彼を恨むなと言っている。
彼にも苦しまずに生きて欲しいと言っている。
それを彼に伝えて欲しいと言っている。
そんな事できるわけない。
でも、彼の最期の望みであれば叶えてやりたい。
ラッツは、床に這いつくばった。
なぜ旅立ちの前に彼について色々聞かなかったのか。なぜ今になるまでここに来なかったのか。
もう少し早く来ていれば止められたかもしれないのに。
なぜ、なぜ、なぜ。
ラッツは、声を殺して泣いた。
12/15/2025, 2:40:28 PM