《手放す勇気》
好きな人ができた。いや俺、齋藤春輝にじゃなくて、双子の弟に。
相手は俺もよーく知ってる、熊山明里。俺達の幼馴染で、クラスメイト。どこか姉さんに似てて、さっぱりした性格のすごくいい奴。多分明里も蒼戒が好きで、本人たちに自覚はないようだが、両想いなのは側から見ててもよくわかった。
内心すごく複雑だ。明里はいい奴だし、蒼戒の幸せを思うと全力で応援したい。
でも、そうなったら俺は蒼戒から離れないといけない。そのことだけは、どうしても認めたくなくて。
「あ゛ーーー……どーすりゃいいんだ俺……」
深夜1時過ぎ、俺は暗闇の中ひとりで小さく唸り声をあげる。万が一にも隣の部屋で寝ているであろう蒼戒を起こしてしまわないように。
いや俺だってわかってる。蒼戒から、離れなきゃ。手放さなきゃ。あいつは俺や過去に、縛られてちゃいけない。自由に、羽ばたかせてやらなきゃならない。
結局、あいつを縛っているのは、俺なんだから。
「でもやっぱりさ……」
離れられないよ。さみしいよ、蒼戒。
ずっと、隣にいた。ずっと、一番そばで支えてきた。そのことに対する自負も誇りもある。蒼戒のために自分の人生を棒に振る覚悟だって。
「いや何ウジウジしてんだ俺……。わかってる、わかってる。もう、あいつは小さな子どもじゃないんだから」
明里は言っていた。私の中のあの子だってとっくに大きくなってるんだ、と。
俺だってそうだ。俺の中のあいつだって、もう小さな子どもなんかじゃない。隣に立って、対等にものを言い合える、世界で一番大切な人だ。
「よし、大丈夫、大丈夫……あいつならきっと……」
隣にいるのが俺じゃなくなっても、うまくやっていける。
「春輝……?」
小さく声がかかって、俺はハッと顔をあげる。暗闇に目を凝らすと、珍しく閉まっていた俺と蒼戒の部屋を仕切るふすまから蒼戒が少しだけ顔を出していた。
「あれ、蒼戒? どしたの、もう随分遅い時間だぜ?」
「それはこちらのセリフだ。読書してたら声が聞こえて心配になって来てみれば」
「え、お前寝てたんじゃなかったの? てか寝ろよ」
「お前が言うな。寝ようと思ったんだがふと銀河鉄道の夜が読みたくなって……」
「お前好きだよなあ、銀河鉄道の夜」
てか蒼戒に心配されてるようじゃ、俺もおしまいだな。
「いいだろ別に。それで、お前大丈夫か?」
「んー、大丈夫大丈夫。ちょっとストレッチしてただけ」
「そうは見えんが……。俺が言えた話じゃないが体調悪いならゆっくり休んだほうがいいぞ」
「その言葉そっくりそのままお前に返す」
体調が悪いときでも、それを無視して動いてるのが蒼戒だからな。
「わかってはいる。それじゃ、おやすみ」
「あーうん、おやすみ」
そのまま無情にもピシャリとふすまが閉められる。多分まだ読書をしてから眠るつもりなのだろう。夢中になって徹夜でもしなければいいが。
それはそうと、やっぱりもう少しだけ、蒼戒の隣に、いてもいいかな。あいつを手放す、覚悟ができるまで。手放す勇気が、持てるようになるまで。
そしていつかその時が来たら、思いっきり背中を押してやるからさ。
「絶対幸せになれよ、蒼戒」
俺は閉められたふすまに向かってそう囁くと、布団に潜り込んだ。その時頬を伝った一筋の涙には、気づかなかったふりをした。
(終わり)
2025.5.16《手放す勇気》
5/17/2025, 9:05:27 AM