桜月夜

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   : 意味がないこと


ねぇお父さん、今日何の日か覚えてる?

牛乳が入ったコップを片手に
珍しく娘が話しかけてきた

え? なんかあったか?

この世の終わりみたいな呆れ顔で

やっぱり忘れてる

軽く鼻を鳴らしながら

お母さんの誕生日でしょ!

ん? そうだったか?

いかん、完全に忘れてた…

たまにはお花でもプレゼントしたら!
お母さんがお花好きなことぐらいは
ちゃんと覚えてるよね?

娘の目が据わっている

今さらそんな意味がないことしたって…
そううっかり思ってしまったところで娘が

今、そんな意味がないことしたってって
思ったでしょ

そして、悪を含むように

そんなことしてたら捨てられちゃうよ

と、止めを刺して牛乳の飲み始めた


天気もいいし散歩にでも行くかと外に出たが
普段散歩なんかしないので足が進まない

あっ、そういえば確かあそこに…
思いついた方へ向かってみる

あった!

とりあえず覗くだけ覗いてみるか
おずおずと中へ入っていくと店員が

いらっしゃいませ!何かお探しですか?

と、笑顔で話しかけてきた

え~と… まずい、プチパニックだ…

どなたかへのプレゼントですか?

あの…妻への誕生日プレゼントを…

まぁ~、素敵ですね
奥様はどういうお花がお好きなんですか?

え~と…

では、何色がお好きなんですか?

確か、ピンクとか淡い色だったかな…

かしこまりました、少しお待ちくださいね

店員は何の迷いもなく花を選んでいく
まるで花が、は~いって手を挙げてるんじゃ
ないかって馬鹿なことを考えてしまうくらい…


見た目も値段も満足な花束を受け取り家に帰ると
なんだか途端に恥ずかしくなってきた

帰ってきたことに気づいた妻が
お帰りなさいと笑顔を向ける
そして一瞬、ん?という顔をしてから

それ、どうしたの?と聞いてきた

いや、ほら、その、今日、誕生日で…
だから、その、プレゼントというか…

そう言いながら花束を差し出すと
少し涙ぐんだ妻は俺にこう言った

あなたまさか…浮気してるの?

なっ、おっ、俺がそんなこと…

冗談よ、ありがとう、あなた

どの花瓶に生けるかだけで
こんなに嬉しそうに笑うんだな
ごめん、忘れてた…

誕生日おめでとう
これからも、よろしくな

はしゃぐ妻の小さな背中に
感謝の言葉を呟いた…


                 桜月夜

11/9/2024, 5:31:46 AM