真澄ねむ

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 深夜、拠点に戻ってきたコンラートが宿舎へ向かう最中に図書室の前を通りがかったとき、そこにはまだ灯りがついていた。誰かがいる可能性もあれば、最後の使用者がランプを消し忘れた可能性もある。念のため、中を覗いた彼は、ランプをつけて机に向かう後ろ姿に目を剥いた。
「お、おい、シルヴィア! こんな時間にここで何してんだ!」
 人影がその声に反応して振り向いた。人参のような色をした赤毛が動きに合わせて揺れる。
 彼女はコンラートの姿を認めて、大きく目を見開いた。
「ぼ、坊ちゃん。ど、どうしてこんなところに?」
 そう言いながら、彼女は机の上に広げていた本を閉じると、そそくさと片づけ始めた。
「俺が訊きたいよ。何してたんだ?」
 彼女は顔を赤くすると恥ずかしそうに口を開いた。
「その……会議をされる際に、いつも同席させていただいておりますけれど、恥ずかしながら坊ちゃんたちが仰っていることがよくわからなくって……」ぼそぼそと言うと、はにかんだ。「いけませんね。同じ学院にも通わせていただいていたのに……」
 コンラートは彼女をまじまじと見た。自分を追い回してくるときと違って、恐縮したように小さくなっている姿を見ると、本当に恥じ入っているのだということがわかる。
 彼はふっと口許を緩めた。
「お前、俺に似ず、本っ当、真面目な奴だよなあ」
 しみじみとした調子で言うと、彼女の頭をわしゃわしゃと撫で回した。
「ぼ、坊ちゃん?」
 困惑したように彼女は小首を傾げた。
「言ってくれたら、それぐらいいつでも教えてやるよ」
「でも……夕方くらいから深夜ぐらいの間の時間って、坊ちゃんが一倍お忙しい時間帯でしょう? お邪魔したくはありません」
 彼女の言葉にコンラートの顔が引き攣った。溜息をつくと、あのなあ、と彼女の額を指でついた。
「ひとの厚意は素直に受け取っとけって」
 でも、と彼女は目を伏せた。彼の従者として、彼の遊び好きなところには辟易としているが、それが彼の息抜きであるのならば、その邪魔をしたくはない。
「お前が俺に色々と尽くしてくれるように、俺もお前に何かしてやりたいんだよ」
 そう言うとコンラートは彼女の頭を再び撫でた。
「ありがとうございます……コンラート坊ちゃん」
 彼女は花のような笑顔を彼に向けた。できればこの顔をずっと見ていたい。そんなことを思いながら、コンラートはしばらく彼女の頭を撫で続けていた。

6/11/2024, 6:43:51 PM