旅立ったあなたへ

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鮮やかな翡翠色の海を綺麗に満ちた月が照らし、まるで宝石のようにキラキラと煌めいていた。
かけらも人影が見当たらない場所でただ一人の少女が軽やかな足取りで鼻歌を歌う。今にも波の音に攫われそうなくらい儚い音色だが、どこか暖かさも感じる。

ここは少女にとっては想い出の地。たった二人だけが知っている秘密の場所だった。ここにいるとかつて共に遊んだ友達を思い出す。たどたどしいまるで生まれたての子鹿のような足並みにまるで箱入り娘かのように世間知らずな彼女。薄紅色の長い髪が翡翠色の海によく映えて思わず見とれてしまうほど綺麗だった。そして、人懐っこくて優しくて……誰よりも大切でかけがえのない親友だったのだ。

今はもういない彼女に少女は毎日手向けの花を海へと流す。そうすることで彼女に自分の気持ちが届くと信じていたから。

だけど、それも今日でおしまいだ。


――少女は希望へと一歩踏み出した。


少女の脳裏に彼女との想い出がよぎった。
家にも学校にも居場所がなくて傷だらけで逃げ出した先で出会った彼女。暖かな声で優しく声をかけ、介抱をしてくれた。水に濡れているはずの彼女の手がやけに暖かく感じたのを今でも鮮明に憶えてる。

彼女はいつも海で泳いでいて、私も一緒に泳ぎたかったけど傷だらけの身体で泳ぐのは怖くてできなかった。ある日、彼女は初めて地に足をつけて私の隣にたった。私の隣で同じ景色を見たかったらしい。たどたどしく歩く彼女の手を取り、支えて歩いた街はいつもと同じはずなのに初めて綺麗に感じた。好奇心たっぷりで無邪気に笑う彼女をいまでも忘れられない。

彼女が私の隣を歩いてくれたように私も彼女の隣でこの海で泳げたなら、きっといつも以上に綺麗に見えただろうなあ。


翡翠色に煌めく希望は少女を暖かく包み込みどこまでも沈んでゆく。まるで彼女が私を抱きしめているよだった。


「ああ、綺麗だなあ。」


少女は手をのばす、彼女に届くようにどこまでも。


――生まれ変わったら、ずっと一緒に――

3/2/2023, 11:49:13 AM