「左乃(さの)、それはどうした?」
「迷子のようだ。今、管(くだ)に親を探させているところだ」
「本部に連れて行け。案外すぐに見つかるやもしれん」
「そうか。ならば、そうしよう」
始まりは村の小さな社だった。
人の争いに巻き込まれ、命を落とした子狐を祀ったのだと伝わっている。
心優しい村の人間が、粗末ながらも建てた社を、祀られたお狐様は大層気に入った。
お狐様は感謝の印に村人を見守る事にした。
作物がよく育つよう天に祈りを捧げ、日照りが続けば雨を、長雨にはお天道様を願った。
純粋な子狐の願いは、数多の神々により叶えられた。
やがて村は裕福になり、人が増え、同時に社も徐々に大きくなり、遣えるものも増え、神事が行われるようになった。
さすれば、お狐様の格も上がり人々の願いを自身で叶えられるようになる。
それでもお狐様は変わらずに純粋で、数多の神々に可愛がられている。
故に年に一度の豊穣の大祭には、人のみならず、人でないものもチラホラと混ざっている。
「それにしても、また人が増えたな」
「そうだな」
迷子の兄妹の兄を左乃が抱き抱え、妹を右乃(うの)が抱き抱え並んで人混みの中を歩く。
兄は5歳で『トオノ ホトリ』、妹は3歳で『トオノ アヤ』と言うらしい。
迷子だと言うのに泣きもせず、左乃の問い掛けに淡々と答えるホトリは、年齢よりも随分と大人びた印象を受けた。
アヤは年相応、色々なものに興味を示し目を輝かせていた。
どこかへ駆け出しそうになるアヤを、ホトリが繋いだ手をぎゅっと握って止める、そんな光景が左乃の前で何度も繰り広げられた。
豊穣の大祭は三日三晩行われる。
何のことは無い、人も人でないもの達も、どんちゃん騒ぎが大好きなのだ。
呑んで歌って踊って食って、体力と気力の続く限り騒ぎまくる、ただそれだけの事がこんなにも楽しい。
神々の力でこの三日間は良い天候に恵まれる事が決まっている。
故に皆、何を心配することなく騒ぎまくるのだ。
人の中には村を出ていった者達も多いが、この三日間のために帰ってくる者も多い。
「始めた頃は100人もいなかったのにな」
「今年は5万人を超えたらしいぞ」
「そりゃすごい。あ、お狐様だ」
「あぁ、また神輿を担いでいる。神輿は乗るものだと言ったのに」
神輿の担ぎ手の中に、自分たちの遣える主がいる。
小柄故、周りの男たちにもみくちゃにされているが、弾けるような笑顔で担いでいる。
「ん?神輿に乗っているのは⋯篠倉の山神様か?」
「そのようだな。あぁ、すっかり出来上がっておられる」
神輿の屋根にどっしりと胡座をかいて座っていれば良いのだが、屋根に覆い被さるようにぐでっと乗っかり半分目は虚ろ。
そんな状態にもかかわらず、手にはしっかりお猪口と徳利を持っていて、チビチビと酒を口に運んでいる。
「人間がトンネルを掘ったとお怒りのようだったが⋯ご機嫌だな」
「お狐様が陽録(ようろく)に伝えたらしい」
「伝えた?何をだ?」
「篠倉の山神様は酒が滅法お好きだと。日本酒、焼酎、ビールにワイン、特に珍しいものがお好きだと」
「つまり⋯」
「賄賂だな。世界中の色々な酒をお供えすれば良い、と陽録が篠倉の社守に伝えたんだ」
「なるほど」
人間の生活の利便性のため、自然に手を入れるのは致し方ない。
しかし、やはり神にも心はある。
篠倉の山神はその気持ちを、工事の邪魔をする事で現した。
無論、人は奇っ怪な現象が起きる、工事が進まないで困り果てていた。
そこに手を差し伸べたのがお狐様、ということだ。
因みに陽録とは、お狐様を祀る社守の末の息子の名前だ。
近年珍しく、人ならざるものの姿や声を聞くことができる。
当然、お狐様や左乃、右乃とも話せる。
今はお狐様も左乃、右乃も人に見えるよう力を調整しているが。
「あ、リンゴ!」
迷子の妹アヤが右乃の腕の中から手を伸ばし落ちそうになる。
その様子を見て、左乃の腕の中にいる兄ホトリもアヤに向かって腕を伸ばした。
「危ないから、動くな」
左乃にがっしりと掴まれたホトリは、それでも妹から目を離そうとしない。
アヤはと言うと、リンゴ飴に夢中になっている。
屋台の照明の下で、キラキラと輝く飴を纏ったリンゴが気になってしょうがないようだ。
右乃はそんなアヤの様子を見て笑い、屋台の店主にリンゴ飴を二本くれるよう話している。
店主は一本をアヤに、もう一本をホトリに手渡し右乃から代金を受け取っている。
早速リンゴ飴にかじりつこうとしているアヤを静止し、右乃はリンゴ飴を覆う透明な袋を外してやる。
その様子をじっと見守っているホトリに左乃は声をかけた。
「今食べるか?」
するとホトリはフルフルと首を振った。
「そうか」
そして右乃と左乃は、迷子の兄弟を抱えて また歩き出す。
笑って走り回る子供たち、懐かしい顔に話の花が咲く大人たち、手を繋いで屋台を覗いて歩く恋人たち。
人の間を走り回る人ならざるもの、木の上や岩の上、はたまた屋台の上等で、酒盛りをしている神々。
皆が皆思い思いに楽しい時間を過ごしている。
「左乃!右乃!」
その声がした方へ首を回せば、祭りの法被を着て頭に狐の面を着けた青年が、運営本部とでかでかと文字の書かれたテントの前でブンブンと手を振っている。
「陽録、ここにいたか」
「おうよ、あれ、お狐様は一緒じゃないのか?」
「あー、神輿を担いでる」
「えっ、今年も?一体いつになったら乗ってくれるんだろう」
「一緒に騒ぎたいんだろ、その方が楽しいからな」
今も心から喜んでいるはずだ。
おかげで、周囲の空気が清々しい。
「で、その子達は?」
「あぁ、迷子だ。二ノ池近くで保護した。こっちが兄でトオノ ホトリ5歳」
「こっちが妹でトオノ アヤ 3歳」
「親は来てないか?」
「トオノ⋯今の所来てないね」
スマホの画面をスイスイとスライドして、陽録は答える。
迷子情報は、運営のLINEで共有し探すようにしている。
何せ祭りの会場は村全体、一箇所で集約していては対応できない。
迷子センターは村全体で20箇所近く、神社敷地内だけでも4箇所ある。
因みに昨年の迷子の数は378人と、大人が祭りで羽目を外すので迷子が多く出る。
故に警察の協力無くしては、この豊穣の大祭は行えないのも事実。
まぁ、人間のみならず、人ならざるものたちも大勢参加している祭りなので、迷子にもしもの事は起きないのも、この祭りの特徴だ。
「よし、じゃぁこっちで預かるね。二人はお祭り楽しんで来て!」
「陽録、お前は?」
「俺は今日は忙しいんだ。あー、でも夕方にはちょっと時間とれるかな」
「そうか、ならその頃に楓を連れて来てやる」
「へっ?」
楓とは、陽録の幼馴染で村長の娘、そして恋人。
陽録同様、左乃達を見ることが出来る貴重な人間だ。
そして、お狐様はじめ大勢の方々から好かれる稀な人間だ。
「お前もいい歳だしな。いい加減身を固めろ」
「左乃?」
「そうだな、いい頃合いだろう」
「右乃?」
「逃げるなよ、陽録」
「お狐様は既に認めているから、問題ないぞ」
「え、ちょっと」
「ではな」
左乃と右乃はそう、言い残し人混みの中へと消えて行く。
その後ろ姿に戸惑いの言葉を投げつつ、陽録は思う。
何だかんだと言いつつも、やっぱり人ならざる者達は自分勝手だ、と。
「俺にだって、計画ってもんがあるんだよ⋯」
今年の彼女の誕生日、今日からひと月と6日後にプロポーズしようと思っていたのに。
でもそんな陽録の思いとは裏腹に、事は進んでいく。
3人の話を耳にした、陽録の友達が、親戚が、人ならざるものが、夕方に向かって準備を始める。
他人の恋バナは最高の酒のツマミ。
夕方、何故か陽録の手の中には先週買って部屋に隠しておいた指輪があり、右乃、左乃に連れられて楓は人垣の割れた、花道を静かに歩いてくる。
何故自分がイベント用のステージの上に立っているのか分からないまま、陽録は楓が自分に近づいて来るのを待っている。
たくさんの人と人ならざる者達に囲まれて、一生に一度の思い出にしたいプロポーズを強制的にやらされる事に僅かな怒りを感じるが、これもまた思い出となるだろう。
大きく息を吸って、静かに吐き出して、丹田に力を込める。
楓の笑う顔、頷いた仕草、その全てを目に焼き付けて、楓を腕の中に包み込む。
「おめでとう」
方々から聴こえる祝いの言葉は、そのまま喜びの声に変わり村全体を包み込む。
今の今から、三つの夜、人も人ならざるものも、歌い踊り呑んで食べる。
さぁ、最高の思い出になる、お祭りを始めよう!
━━━━━━━━━
(´-ι_-`) 兄妹のお話もある⋯のです。
7/29/2024, 4:21:37 AM