本当は特別、仲が良いわけではなかった。
本好きの僕たちは委員決めでは毎回図書委員を選ぶから、一緒にいる時間が多いだけ。
それでいくらか話すようになったから、仲良しと思われて、入る曜日を一緒にされていただけ。
ずっと隣にいたけれど、僕は彼女のことをあまり知らない。
だから、どれだけ熱心に聞かれても、僕が答えられるはずもないのだ。
彼女が死んだ理由なんて。
図書室の受付は基本的に暇なもので、貸出の希望があるまでは、座って好きな本を読んでいることが多い。
私語は基本的に禁じられているので、話すことはほとんどない。
しかし、その日は1年生が集団宿泊に行っており、図書室内には僕たち以外、誰もいなかった。
いつもは静寂と呼んでいたものが、今日は沈黙として居るようで、お互い本を開いているだけの時間が気まずく思えた。
「何読んでるの?」
不意に聞いてみると、伊藤は本を開いたままで背表紙をこちらに向けた。
もう終盤に差し掛かっているようで、本の片側にはページはほとんど残っていない。
口遊んでみるが、タイトルも著者も聞き覚えがない。
「やっぱ知らないか」
伊藤は僕の表情を見て、残念そうに言う。
「聞いたことないな。何系?」
「恋愛、ミステリかな。あんまり読まないでしょ」
確かに僕は恋愛モノやミステリは読まない。
読むのはSFばかりだ。
「恋愛とミステリってなんか不穏な気配がするよな。見るからに縺れそうじゃん。痴情が」
「まあそれが一番動機になりやすいからね。でもこれは純愛だよ。出てくるのは両想いが一組だけ」
「ホント?そこからどうやってミステリになるのさ。動機と直接関係ないとか?」
「いや、めちゃめちゃ関係ある、と私は睨んでるけどね」
「えー、全然想像つかないな」
ふふ、となぜか得意気に笑って、伊藤は背表紙を撫でた。
「でも、私も少し共感できる気がするんだ」
「誰に?」
「犯人」
「ヤダちょっと怖いんですけど」
大袈裟に引いて見せると伊藤は、あはは、と体を曲げて笑った。
「興味持ってほしくなっちゃったから、ちょっとネタバレするね。この話、主人公の恋人の女の子は最初に死んじゃうの。その死に方がめちゃくちゃ不可解なんだ。犯人もその動機も方法ももう全然分からない。それで主人公はその真相を知るために手がかりを集めていくんだけど。証拠を集めれば集めるほど、犯人の候補が消えていくんだ」
「なるほど……」
聞きながら、色々な仮説を頭に組み上げてみるが、詳細が何も分からないので、手の打ちようがない。
それでも考えていると、伊藤がニヤニヤと僕の表情を覗いていた。
「気になっちゃった?」
「なんだよ、その表情」
「なっちゃったんだねぇ」
伊藤は満足そうに伸びをして、そのまま掛けられた時計に目をやった。
気づかなかったが、もう昼休みが終わりそうな時間だった。
「ヤバい、ギリギリじゃん」
言って立ち上がる。
伊藤は読みかけだった本に栞を挟んで、カウンター横にある棚に入れた。
2人きりの廊下に足音が忙しく響いていた。
3/14/2023, 9:39:34 AM