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太陽の下で生きられないのは吸血鬼だったか。

確か奴らは、太陽に当たると灰になってしまう。

夜は粋がっても朝には弱い。

ははは、酒飲みの俺への当てつけか。

昨夜は後輩とはしご酒をしていた。
駅前の大衆居酒屋、ダーツバー、スナック、後何処か行ったような気もするが、どこ行ったっけな。

後輩とはいつ別れたんだっけ。
スナックまでは居たような気がするが…。
アイツいつ帰りやがった。

アニキなんて慕っておきながら置いてけぼり食らわすとは。やってくれるじゃねぇか、あの野郎。

つーか、頭が痛ぇ。ズキズキと脈打ってやがる。
昨日は何杯酒をかっくらったんだっけか。

記憶にない。

いい大人なんだから、記憶を無くす程飲むなんざダセェ事なのに、今のこの状況も最高にダセェ。

目が覚めたら知らない公園のベンチの上。
尻ポケットに突っ込んでいたはずの財布は、姿を消していた。

ダセェ。
太陽の下で砂になっちまう吸血鬼よりも最高にダセェ。

吸血鬼は太陽の下で灰になっちまうんだから火葬代いらずじゃねぇか。
金がなけりゃあこちとら、墓も建てられねぇし、火葬すらもしてもらえねぇんだよ。人間様は。

タバコでも吸おうと胸元を探ると四角いもんに触れた。タバコより薄くて大きい。

スマホだ。

胸ポケットにしまっていたスマホは幸いにも盗まれていなかった。
犯人の野朗は、寝ている男の胸元を探るほど肝は座っていなかったようだ。

不幸中の幸いってか。

手元のスマホを弄ぶ。
スナップを効かせてスマホを手元でクルクル回す。
考え事をしている時ついやってしまう俺の癖だ。

さて、どうしてやろうか。

クルクルと回るシルバーのスマホに太陽光があたって乱反射する。
キャバレーのミラーボールも乙なもんだが、これもなかなかなもんだ。
まぁ、キャバレーのミラーボールは夜に光るから良いんだけどよ。

夜のもんは夜に、朝のもんは朝に。
そこの境界線が守られているから乙になるってもんだ。
そうだろう?

さて、人様の財布に手ぇ出す不届きもんには、身の程でも知ってもらおうか。

善良な市民様に手ぇ出すのはご法度だがよ。
俺の財布に手ぇ出した奴はどうやら違うようだから。

夜のもんは夜に。

穏やかな太陽の下、男は不敵に嗤った。

────────────────────────
「おう、俺だ。テメェ何、勝手に帰ってやがんだ」
「は?俺が帰れって命令した?」
「記憶にねぇ。うるせぇ。」
「いいか、今から指示するところに来い。おめぇの後輩も連れて」
「何って、仕事だよ」
「ははは。仏さんになるかは俺の気分次第だ」
「どんな化け物より怖えのはいつでも人間なんだよ」

スマホを切ってから数十分後、後輩の運転する車が到着した。
何時ものように助手席に乗り込む。
後輩には、運転席の後ろに座ってくれと注意されるが、助手席が好きなんだ俺は。
乗り込んだ車の中には後輩しかいなかった。
「おい、おめぇの後輩は」
「後輩たちは今、別の現場にいるんで、この後拾っていきますよ。ところで、ご用向きは?」
「ちと、財布をやられてな」
そう言った俺に後輩は目を点にした。
「アニキ、覚えてないんっすか?」
「あ゛ぁっ」
こめかみに青筋を浮かべ恫喝しても、後輩は飄々とした態度を崩さない。
「姐さんとこに寄った時のことっすよ。姐さんが今月の実入りが少ねぇって言うのを聞いて、アニキったら財布をポンッて姐さんにあげちまったじゃないっすか」
覚えていないんで?と聞いてくる後輩に、昨夜の記憶が朧気ではあるが蘇ってきた。

困った彼女の顔が見ていられなくて、俺は尻ポケットから財布を…出したな。

「突然財布なんて貰っちまったから、姐さんビックリしてましたよ。それなのにアニキったら、俺は寄って行くとこあるからって。俺に姐さんを家に送り届けるように命令して、どっか行っちまったじゃないっすか」

あぁ、確か、ただですら大きい目を皿のようにした彼女を見たような…。

「姐さんから預かりもんですよ」

そう言って後輩は、後部座席に置かれていた鞄から見覚えのある物を取り出した。昨夜彼女に渡した…。

「お気持ちだけ頂いておきます。だそうですよ」

黒いシンプルな長財布。
手に持つとしっくりと来る。
紛うことなき俺の財布だ。

あぁ、本当。こんなダセェ話があるかよ。

いつまでも出発しない車のサイドミラーに太陽がイタズラをして、乱反射の光が車内に差し込む。
キラキラとした輝きは、キャッキャッと子供のように笑っている。

あぁ、お天道さんにも笑われちまってらぁ。

「で、どうします?」
後輩の言葉に飛んでいた思考をもとに戻す。

「おめぇはこれから会う後輩に、これで奢ってやれ」
受け取った財布から数枚札を出すと、後輩は芝居がかった仕草で恭しく受け取った。
「代わりに、アイツんとこまで」
「仰せのままに」
芝居がかった口調を崩さず、後輩はアクセルを吹かした。
僅かな振動と共に、野郎二人を乗せた車が動き出す。

顔をチラチラと照らしていたあの鬱陶しい乱反射からもこれでオサラバだ。
財布も手元にある。
残す問題はあと一つ。

今朝からダセェ事この上ねぇ事ばっかだったけどよ、
好いた女のことまで、ダセェまんまで引き下がる気はねぇんだ。俺は。

ムッツリと黙りこくった俺の隣で、後輩は下手くそな鼻歌を歌っていた。

11/25/2023, 11:39:53 AM