名前の無い音

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『不毛な世界』


寝返りを打つ
なにかにコツンと 肘が当たる

(あ……まだ居るんだ……)

薄目を開けると
ぼんやりと あなたの背中が見えた

まだ 朝には少し早い

そっと 背中に触れてみる
そのまま 寄り添うように近づく
あなたの背中に おでこを当てる

「んー?……なに?」
「まだ 居たんだと思って……」
「……あぁ ……うん」
「起きる?」
「いや まだ」
「……もう少しだけ 一緒に寝てたい……」
「いいよ……」

あなたの背中が 揺れて
体が動く

「腕枕?珍しくない?」

少しだけ 笑う

「たまにはね」

なかなか こんな風に
あなたを 独り占め出来る事はないから
ほんの少し 特別な時間

でも たぶん もうすぐ帰っていく
あなたが暮らす あなたの世界に

罪悪感がないのかと言えば嘘だ

あなたの隣に いる時間だけ
罪の意識が 消える

(本当に このままでいいの?)

いつも 自分に問いかけるが
答えを 出してしまう 勇気がない

でも 本当はわかっている

わたし 本当は
あなたの事 何も知らないんだ

好きな食べ物も
よく見る ドラマも
好きな俳優も
何も 何にも知らない

そして
あなたも 本当は
私の事 何も知らないの

嫌いな 食べ物も
苦手な 映画も
嫌いな歌手も
何も 何も知らない

そうなのよ
そんなものに 興味は無いのよ
本当は
私なんかに 興味は 無いのよ

知ってる 知っていたよ
『愛してる』なんて
ただの 譫言なんだって

その 譫言だらけの中で
私は 生かされているんだって

あぁ くだらない 人生
何もならない 私の人生

本当はね 本当はさ
あなたなんか 大嫌いなのよ
あなたなんか クソくらえなのよ

夢と現実の間
意識がゆっくりと 消えていく

弱い わたしよ
早く夢から覚めなさいよ

あぁ

そうよ
嫌いよ
あなたなんか 大嫌いよ
最低よ 最低な人間よ
知っているよ 知っているのよ

そんな最低で
大嫌いな人間を 私は
ただ ただ
求めてしまうのよ


時間だけが
過ぎていく部屋の中で
わたしたちだけが 生きている


外は
梅雨の始まり
じっとりとした空気の朝が
待ち構えていた

6/1/2022, 4:28:22 PM