思慕
「ねぇ、魔女様」
「何かしら?」
僕の呼びかけにくるりと振り返る愛しい魔女様。誰よりも美しくて、強くて、優しい心を持つ君。
深海の底で人魚たちの願いを叶えてくれる魔女様。僕はそんな彼女の従順な従属。今回は人間の王子に恋をした人魚姫の為に、人間になれる薬を作っているらしい。
お使いを終えた僕は手に入れた品を魔女様に手渡していた。
「いつもならこんな依頼引き受けないでしょ?どうして今回は引き受けたの?相手が姫君だから?」
「そんな単純な理由で私が依頼を受けると思ってるの?」
「まさか。君のことを誰よりも知っている君の従属である僕が信じられないから聞いているんだよ。ねぇ、どうして?」
僕の問いかけに魔女様は顎に手を添えて考えた。しばらくした後「そうね……」と呟いて、身体ごと僕の方へと振り返り、僕の頬へ指を滑らせる。
「誰かを想う気持ちに共感したからかも」
「へぇ、魔女様にとってそれは僕のこと?」
「さぁ?どうかしらね。でも、あなたのことは可愛くて強い私の従属だと思っているわ」
「何それ、答えになってないよね?」
「仕事の邪魔になるから、そこで大人しくしていなさい」
「………」
魔女様の返答に僕は渋々頷く。魔女様はにこりと笑って、踵を返し大釜の中をかき混ぜる。僕は近くにあった薬学書を手に取り、パラパラと頁をめくった。
「僕はこんなにも魔女様のことを大事に想っているのに……君は違うんだね」
拗ねたように僕がそう言うと魔女様は小さく息を吐いた。
「もし、あなたがここを立ち去ると言ったら、魔法で拘束して、私に従うように痛めつけてやるんだから。もう一度、魔女様、と呼ぶまで外に出すことも許してあげない」
「………」
ちらりと僕の方を振り返った魔女様の目は茶化すように笑っていた。
「人魚の姫君からはあるものを受け取るから引き受けたのよ」
「それって?」
「あなたが以前欲しがっていたでしょう?クジラを呼ぶ笛のことを。姫君がそれを持っていたから、依頼を受けることにしたのよ。あなたはいつも私の為に頑張ってくれているから、偶にはご褒美をあげなくてはね」
そう笑って魔女様は大釜へと視線を戻し、鼻歌を歌い始めた。僕はというと、魔女様の言葉にきゅぅぅと喉を鳴らしていた。
僕がこんなにもやきもきしている横で、魔女様は余裕綽々としている様子だった。
「ふふ。喉が鳴っているわよ?」
「……そんなことない」
「仕事が終わったら構ってあげるから、大人しくしていてね」
「僕のことからかってるよね!?」
「そんなことないわよ」
やっぱり僕の魔女様は狡い人だ!
2/17/2024, 8:56:20 AM