#26 昨日へのさよなら、明日との出会い
僕は眠りが浅い方だから、君がなかなか深く眠ることができなかったのを、実は知っている。
起こしたと思わせてしまうと気にするかと思って、寝たフリをしていたんだ。
そうして何度も何度も夜を越えて。
ふと、深夜に目が覚めたとき、
君がぐっすり眠っているのに気づいたときの、
僕の静かな喜びを、君は知らないだろう。
やっと僕の隣で眠ることに慣れてくれたんだって。
おはよう、新しい君。
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「珍しい苗字ですね、なんて読むんです?」
「ぬくい、と読みます。そういうあなたも、なかなか見かけない苗字ですね」
「そうですね、読み方は難しくないんですけど、こっちに来てから同じ苗字の人に会ったことがないです」
「レアな苗字同士ということで、よろしくお願いします」
街コンで、たまたまペアになったのが『ぬくい』さん。あなたとの出会いだった。
付き合ってしばらく後。お互い忙しかった仕事が落ち着いて、久しぶりに食事を一緒にできたとき。
「君と結婚しなかったら、もう結婚しないかも」
そのときの、あなたの言葉には本当に驚いて。この後どうしたか覚えてない。しかも後になって聞いたら、そんなこと言ったかな、なんて。あなたのことだから本当に忘れてるんでしょうけど。
でも、このまま付き合っていていいのか不安だったから、とても安心した。
それからは、あなたが隣にいることを当たり前に感じるようになったの。
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「ご結婚おめでとうございます」
「「ありがとうございます」」
夜の区役所。記念日の入籍にこだわった僕たちは仕事帰りに寄り、婚姻届を提出した。時間帯のせいで人が少なくて良かったと思う。人が多かったら君も落ち着かないだろうから。
「私、ずっと思ってたの」
微笑みながら君は言う。
「私の苗字、木納だったでしょ。あなたと結婚したら、読み方は違うけれど、明日になるんだわって」
「僕だって、出会ったときから思ってたよ。漢字は違うけれど、『昨日』と同じ読みだなって」
変な空気になったら気まずいと思って言えなかったけど、本当は『昨日』にさよならして『明日』になってくれたら素敵だなと考えていたよ。
5/22/2023, 4:25:55 PM